2012年06月04日

悪人 吉田修一 朝日新聞社

悪人 吉田修一 朝日新聞社

 生々しい。舞台が九州、福岡、佐賀、長崎であり、わたしが知っている地名や行ったことがある場所が散在しています。西鉄バスのバスジャック事件が登場したりもして、九州弁の方言や若い女性たちのやりとりは、自分のいとことか、親族の話を聞いているようで、とはいえ、殺人事件の物語であり、複雑な心境で読み進めた長編となりました。
 物語全体は420ページとなっていますが、370ページ部分ぐらいで話は終結しています。最後の部分で小競り合いがあるものの、その部分の重要性は軽いものです。タイトルについては、「悪人」以外に適切な名付け方があったような気がします。
 福岡県久留米市の理容店娘、保険外交員の石橋佳乃さんが、長崎県の土木作業員清水祐一くんに殺害される内容となっています。ふたりの仲立ちは、性風俗産業であったり、清水くんの女性関係は、携帯電話の出会い系サイトであったりもします。
 道路にこだわる作者です。最初のうちの秘密は真犯人が見えないことにあります。冒頭、事件集結後の話として、犯人は清水祐一くんと断定されるのですが、殺害経過にはもうひとりの男性がからんできます。その男性の逃亡先が名古屋市で、これもまたわたしには身近で生々しい。
 被害者石橋佳乃さんの父親は、自暴自棄になって、名古屋市に逃亡していた男性を殺害するのではなかろうか。父親の立場にたってみると、いったい今までの自分の人生はなんだったのだろうかという自己嫌悪にも襲われるでしょう。いっぽう、清水祐一くんの逃避行につきあう光代さんの言動は不自然です。
 事故に近い殺人事件です。親族関係を混乱させる人物が何人か登場します。じっさい、そういう人物は、どこの親族関係にも存在します。
 長崎県島原市のフェリー乗り場のシーンでは、「八日目の蝉(せみ)」角田光代著、岡山港フェリーのシーンがよみがえりました。わたし自身も6歳のときに長崎県口之津港へ向かう船に乗船したことを思い出しました。
 犯人の清水くんは、母親に置き去りにされたこどもです。こどもを置き去りにする母親は、いつの時代にもいます。小さなこどもにとって、母親は自分を守ってくれる絶対的な存在ですが、母親は女性であり、女性は、こどもよりも恋人である男性を選択することがあります。されど、責める気にはなれません。こどもはいつまでもこどもでいるわけでもありません。親に依存せずに、自分で自分の理想とする家族をつくればよいのです。依存すると「怒り」だけが残ります。自立すればいいのです。


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