2012年06月03日

愛しの座敷わらし 荻原浩

愛しの座敷わらし(いとしの)上・下 荻原浩 朝日文庫

(この本を読んだのは2011年です。) 
 感服しました。文章運びがうまい。来年のゴールデンウィークに映画が上映されます。きっとヒットするでしょう。(昨年書いた読書感想文です。残念ながら映画はこけてしまいました。わけがわからず不思議でなりません。)高橋晃一、47歳食品会社勤務課長職は、水谷豊さんが演じるとあります。適役です。家族の再生物語です。でも、家庭内暴力とか、こどもが非行とか、両親に離婚話があるとか、そういったことはいっさいありません。どこにでもある平凡な家族です。しかし、お互いの気持は、崩壊寸前の家庭です。読み終えた今は7月3日(日)です。今年読んでよかった本のうちの4冊目になりました。
 父親と娘梓美(あずみ)中学2年生との気持ちのすれ違いは、娘をもつ父親が読むと胸にぐっときます。加えて、サラリーマンとしての父親の仕事に関する葛藤にも共感します。自分は何をやっているのだろうとか、こんなことをして何になると思いつつも、サラリー獲得のための忍耐は続きます。読みながら涙ぐんでしまいました。
 物語は登場人物一人ひとりの語りでリレーされていきます。妻、史子(ふみこ)44歳、長男智也(ともや)4年生身長132.2cmちびと呼ばれる。夫の母、澄代78歳、認知症気味の5人家族です。クッキーという名前の子犬もいます。最初からまもなくまでの登場人物が語る「章」の移行は鮮やかですが、後半はだれがしゃぺっているのかわからなくなる章もあります。でも、気になりません。高橋ファミリーのまわりに、登場人物がだんだん増えてくるからでしょう。
 隣宅に住む菊池米子85歳が「おもさげなでがんす」と話すので、舞台は岩手県でしょう。座敷わらしですから遠野地方でしょう。出だしは、この作家さんが書いた「メリーゴーランド」に似ている。ドライブからのスタートです。ドライブと言っても東京から舞台となる地への転勤であり、晃一にとっては左遷です。上巻は、おふざけモードでダジャレが多い。190ページまで読んで、肝心のざしきぼっこがあまり出てきません。遅い!と首をかしげながら下巻を読む。下巻は、まじめな話になっていく。ぼっこの生い立ち話には泣けます。作者の文章には魔法があります。ぼっこは、何をするわけでもない。言葉を発するわけでもない。だけど、ぼっこのおかげで、バラバラになっていた家族の気持がひとつにまとまっていくのです。
 最初はテレビドラマ「北の国から」をイメージしました。でも違います。北海道と東北は違うのです。28ページ、高橋家が住むことになる古民家は、わたしが小学校低学年のときに住んでいた父方実家の農家を思い出しました。母屋(おもや)の隣に牛小屋があり、生まれたての子牛を見たことがあります。だからということもないのですが、座敷わらしのようなものが家にいると感じることはあります。見たことはありません。見えないけれど、だれかが家の中にいると気配を感じることが今でもたまにあります。怖く(こわく)はありません。いてもいいのです。直接的な被害はないのですから。ご先祖さまだろうと思っています。
 本の中で、心に残ったシーンを書けるだけ書いて終わりにします。
 上巻14ページ、競争社会の中で1番になれないサラリーマン晃一、34ページ、古民家の間取り、ここで晃一は自分たち夫婦がセックスレスな夫婦であることについて述べます。でも、わらしぼっこが出てから夫婦は励むようになります。同じく241ページ、妻史子(ふみこ)の亡くなった父親は、友だちがだれもいなかった。下巻26ページ、ぼっこの顔、36ページ、それでも会社にしがみつくのか。最終ページは、すばらしいオチと伏線でした。感服しました。巻末にあった水谷豊さんの解説文もよかった。ことに彼と娘さんとの関わりがよかった。

映画の感想も追加しておきます。

◎HOME 愛しの座敷わらし 映画館

 お客さんは入っていませんでしたがいい映画でした。今が5月で、小説を読んだのは昨年の9月でした。その頃から映画の公開を楽しみにしていました。同時上映中の「テルマエ・ロマエ」は次回の時刻もその次の時刻も売り切れになっていました。「テルマエ」が目当てできたお客さんのなかにはあきらめて帰る方もおいででしたがぜひ「座敷わらし」を鑑賞してほしい。リアルで身につまされて泣けます。とくにお父さんを讃える映画となっています。
 岩手県の自然が美しい。冒頭付近は「トトロ」のようです。先日「砂の上のロビンソン」という映画をケーブルテレビで観ました。その映画も「(家屋としての)家」にまつわる内容で父親像が描かれていました。座敷わらしが住むわらぶきの古民家は、青森県で見学した太宰治の生家のように床がピカピカに磨かれていました。
 水谷豊・安田成美夫妻が演じる高橋ファミリーには東京でいじめに遭っていた長女とゲームでしかサッカーをしたことがない小学生長男がいます。水谷パパは左遷で盛岡に飛ばされた50代の食品会社課長職という設定になっています。草笛光子さん演じる澄代おばあさんには認知症の気配があります。
 悪いこともあればいいこともある。コンクリート、アスファルト、ガラスとプラスチックに囲まれた都会のマンション暮らしから、山や川、田畑や樹木という自然に包まれた地域に引っ越したファミリーは引っ越してきたばかりなのに都市暮らしに戻ろうとします。最初、ファミリーは、座敷わらしに恐怖感をもちます。古老のおばあさんが「(座敷わらしは)間引きされたこども」というあたりから物語は真剣味を増します。大木が風に揺すられて出す葉の重なり合う音、ときおり差し込まれるコノハズク(フクロウ)の映像、満天いっぱいに広がる無数の星、わたしは風に揺れるススキの一瞬の映像が気に入りました。座敷わらしのぼくちゃんは座敷わらしそのものの表情としぐさで適役です。水谷パパは愛を語ります。世の中がそうであるといいなという夢があります。でも現実はそうではありません。無理なことです。せめて映画の世界のなかではこんな世界にひたりたい。


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