2012年06月01日

斜陽 太宰治

斜陽 太宰治 角川文庫

 太宰作品はこれまで思春期を中心とした世代に受け入れられてきたと思うのですが、時代の変化により、これからも受け入れられていくかというと疑問に思うのです。それでも、心が傷つきやすい一部の青年が生きていくためには必要な作品群であり細く長く読み継がれていくのでしょう。一昨年訪れた青森県にある太宰の生家斜陽館を思い浮かべながら読み始めました。
 主人公は貴族の「かず子」さん、6年前離婚した29歳です。その弟が「直治」、太平洋戦争に召集され、帰国後、酒とかアヘンとか、中毒症状があるわけです。父親は亡くなっているようです。母親は肺病(結核)で、小説の最初のうちは登場するのですが、いつの間にか存在がなくなります。
 貴族が落ちぶれていく経過です。貴族というのが、どういうものなのかわからないのですが、血統、とか権力、財力をもった一族なのでしょう。生きていくための「水準」について考えたのです。お金がある人間は、お金がない人間を軽蔑する。ところが、お金のある人間がお金のない人間になってしまった。しかし、生活水準を下げることはできないし、プライド(誇り)も捨てられない。だから、お金持ちでいられなくなったら、死ぬしかない。堅苦しいものがあります。
 29歳の出戻り娘には商品価値がないというような記述には時代を感じます。今では、バツ1という表現で珍しくもありません。聖書の記述がたびたび登場しますが、現代ではそこまで思い込まなくてもという恋や不倫、浮気心について、和子さんや直治さんが深刻に語ります。妻子ある男性を愛す、あるいは夫のある女性を愛す。妻子ある男性のこどもを身ごもる。自分で自分の首を絞めるような記述が続きます。薬物中毒らしき直治さんは、そんなワルにはみえません。山野草の名前がたくさんでてきます。萩、藤、女郎花(おみなえし)、われもこう、桔梗(ききょう)、芒(すすき)、かなかや、それらは、なにかを示しているような気がします。小説を読み込むいうよりも、作者の思考や感情を考える作品と感じました。


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