2012年05月31日

すれ違う背中を 乃南アサ


すれ違う背中を 乃南アサ(のなみ) 新潮社

 以前読んだ同作者の「いつか陽のあたる場所」での続編になるのでしょう。刑務所を出所したふたりの女性、小森谷芭子(こもりやはこ)29歳女性(罪名昏睡強盗)と、江口綾香、41歳、罪名殺人の物語です。短編が4本収められています。読みやすい文章です。
「梅雨の晴れ間に」ふたりの関係で不自然な部分があります。小森谷さんには、両親と弟から縁を切る手切れ金として数千万円が提供されたうえ、祖母の戸建住宅まで相続しています。普通なら相方の江口さんは、小森谷さんをだまして彼女の資産を手に入れようとするでしょう。そうならないのは、江口さんが、お金よりも小森谷さんとの交流を失いたくないのでしょう。ふたりが出所したという背景を考えながら読んでいるのですが、服役終了で、法律はふたりを許すでしょうが、世間の人間は許しません。この短編で登場するくたびれたサラリーマン倉本豪介さんの気持ちがわたしには強く伝わってきます。
「毛糸玉を買って」ふたりの気持ちが盛り上がって、でもうまくいかなくて下り坂になる構成は、前の短編と同じ形式です。ご近所に住む家族のトラブル話です。遠い過去から犯罪が忍び寄るのです。作中にあった、人生はいつも過去とつながっているという言葉は、出所したふたりに対してのものでもあります。
「かぜのひと」支えあうふたりを見ていると、支えあうことができない家族はいらないという気持ちになります。形だけの夫婦関係、冷えた親子関係、そういった関係は排除して、本当に気持ちが通じる者同士で暮らしていく。日本の家族関係は、その方向へと移行している時期であるとの暗示があります。
「コスモスのゆくえ」コスモスは一見ひ弱そうに見えるけれど、実は強い。前の短編とも共通するのですが、異性を外見で選んではいけない。綾香さんの人間の性格とか性質に対する観察力は深い。DV被害を受けている女性が登場します。最後はこのまま静かに終わるのかと思いきや、どんでんがえしはさすがでした。まだ、自分がこどもの頃、近所に住んでいたいくつかの家族が離婚・離散したことを思い出して、なんだか悲しくなりました。その家庭にいたこどもたちも今は50歳近くで、どこかで生きていると思います。
 この本の感想を離れますが、同作者の「凍える牙」は名作でした。登場するオオカミ犬疾風(ハヤト)の行動を今も忘れられません。一読(いちどく)をお勧めします。
 この本の感想に戻って、小森谷さんはペットショップ、そこで、犬の服をつくります。刑務所で学んだ裁縫の技術を生かします。江口さんはパン屋さんで働き、将来自分のお店をもつことが夢です。また、小森谷さんは、「ぽっち」と名付けたセキセイインコを飼い始めました。そういった光景を見ていると、しあわせになるために人間は働くことに気づきます。クリスマスとかウエディングドレスの記述を読むと、イベントはあとから思い出して、あのときは、しあわせだったと感じるためにあると気づきます。さらに、盛大な結婚式を挙げることができる人ばかりではなく、むしろそうでない人のほうが多いとも気づきます。

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