2012年05月30日

しろばんば 井上靖

しろばんば 井上靖 新潮文庫

 冒頭に「しろばんば」とは、夏の夕方に見られる空気中に浮遊する小さい白い生物で、その色は青みを帯びた白とあり、この小説の主人公である洪作を育てた親代わりのおぬい婆さんを指すと解釈しました。正確な把握ではありませんが、おぬいさんは、洪作のおじいさんのお妾さんです。文中では「曽祖父」とありますが、ひいおじいさんとは思えません。洪作は5歳から12歳までおぬい婆さんと本家のそばにある土蔵を住まいとして暮らします。本家にはおじいさんの本妻がおり、洪作の実父母は愛知県の豊橋で他のこどもたちとともに暮らしています。5才洪作とお妾さんふたりの暮らしは、洪作の病気看護をお妾さんがしたことがきっかけとなっています。
 洪作の少年時代において、幾人かの親族等が亡くなっていきます。また、赤子が生まれます。洪作少年は人の生死を通して心の成長を遂げていきます。そして彼を包むのが伊豆を始めとした日本の自然です。土蔵の家に咲く遅咲きの朝顔が目に見えるようです。人間は、ある時、ある場所に存在し、やがてこの世から消えていくのです。
 大正時代の風俗や生活を検証するための読み物という位置づけもあります。馬車、日本に登場し始めた頃の乗り合いバス、縁側での談話、静岡県や愛知県を舞台として、列車の移動、タイムトラベル(時間旅行)を楽しめます。平和な世の中です。主権在民とか公害とかの言葉はありません。こどもの視点から見た大人の世界が描かれています。486ページにあるおぬい婆さんの言葉「のんきに暮らしていれば、神経衰弱にはならない」が心に残りました。
 おそらく洪作少年は作者のことなのでしょう。頭脳優秀な家系に生まれています。小学生の頃から作文が得意で、小説家の素質が見受けられます。山の中で殺人を見た様子(実は逢引あいびきシーン)の部分では「トムソーヤの冒険」を思い出しました。そして、年上の女性に対する淡い恋があります。
 飴(あめ)に始まり、飴で終わる構成となっています。洪作少年が目覚めた時、おぬい婆さんは彼の口に飴を与えるのです。だから彼の歯は痛んでいます。小説は、前編8章、後編8章でできあがっています。長かった。読むのにずいぶん時間がかかりました。昭和37年に刊行された作品です。平成元年の時点、もう20年前に52刷目が出版されています。古本屋さんにて、105円で手に入れたロングセラーでした。


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