2012年05月30日

しゃぼん玉 乃南アサ

しゃぼん玉 乃南アサ(のなみ) 新潮文庫

 推測です。作者は産炭地(炭坑)で生活したことがある。スラムのような生活を経験したことがある。創作の素材はその暮らしから引っ張っている。
 さて、舞台は九州です。でも、犯罪者である主人公の伊豆見翔人(いずみしょうと)は、自分が連れて行かれた場所を四国だと勘違いしている。旅行を自主的に企画して行ったことがある人でないと大人でも地理を知りません。県庁所在地の地名を言えない人はたくさんいます。
 この作者さんの特徴は、犯罪を加害者の立場から描くところです。翔人は、家庭に恵まれませんでした。彼は23歳にして人生の落伍者です。作者は彼に「再起」を賭けます。でも彼は逃亡を図ろうとするのです。消えてなくなるしゃぼん玉になるのか。
 宮崎県の山奥の田舎暮らしは確かに記述にあるとおりでしょう。村人たちの反応は、都会における台本どおりの暮らしではありません。彼の周囲に集う年寄りたちが、彼の「再起」のために彼を「教育」していきます。最後は「宗教」すら感じます。「老人と坊」というタイトルでもよさそうです。「むぞう」という言葉がキーワードになりますが、その意味は最後まで説明されません。人がもつ「悪」を指すのでしょう。
 ラスト付近、警察登場、翔人は逮捕になると予測しましたが、あてがはずれました。作者さんは、この話をどう落とすのか。興味深深でした。そして最後は、いい結末でした。平家の落人(おちうど)は翔人に重ねてあるような気もするし、がまん強い椎葉村の人たちを表しているようでもある。翔人の言葉「関係ない」は、他者との関係を絶って孤立する言葉であることも表している。いろいろな要素をからませながら全体を仕上げてあります。
 父親に対する攻撃があります。翔人は父親に死ねばいいという感情をもっています。すべておまえ(父親)のせいなのです。同じ男として、父親の気持ちもわかるし、息子の気持ちも理解できるのでせつない。
 母親に対するゆがんだ感情もあります。原因は母親から差別されたからです。兄弟・姉妹間における親の差別が記されています。書中で、差別は2種類あります。翔人の家族間のもの、そして、おスマばあさんの家族間のものです。戦後の日本人の暮らしぶり、貧困から高度成長期における富の取得で失っていった交流に関する記述もあります。現実にどこにでもある破滅しそうな日本人ファミリー像でした。


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