2012年05月29日

小太郎の左腕 和田竜


小太郎の左腕 和田竜(りょう) 小学館

 小太郎くんは、11歳で、身長が180cmぐらい、実は種子島(鉄砲)の名手です。おじいさんの要蔵さん70歳過ぎとふたり暮らしです。時は1556年ですから、川中島の合戦(上杉対武田)の翌年、桶狭間の合戦(今川対織田)の4年前になります。小太郎くんは、熊井村(場所は現在の岡山県でしょう)に住んでいて猟師です。戦(いくさ)とは関係のない立場です。彼は鉄砲撃ちの真価がまだ現れておらず、周囲からは阿呆と呼ばれていています。
 対立しているのは戸高利高(武将の名前が林半右衛門、彼の家来が藤田三十郎60代)と児玉家(武将の名前が花房嘉兵衛、彼の家来が斉藤平三20歳前)です。林半右衛門は、君主戸高家の一族である図書(ずしょ)氏と対立しています。
 迫力に満ちた文章さばきです。同作者の「のぼうの城」よりも水準が高い。いずれ映像化されるでしょう。小太郎とその祖父要蔵は秘密を抱えています。また、図書(ずしょ)と藩主戸高利高も秘密を抱えています。戦闘シーンは漫画か映画のようです。レッド・クリフを思い出しました。しかし、それは絵や映像であり、文章でここまで表現できたのには感嘆します。
 図書(ずしょ)氏は組織と人民を食いものにする無能なリーダーです。能力の無い人が生まれながらにリーダー役をあてがわれるのは気の毒な面もあります。しかし彼に謙虚さはなく、自己顕示欲の塊(かたまり)です。配下にいる半衛門のほうが、能力が高いわけであり、時は下克上(げこくじょう)の世の中です。まあ現代でも、かいまみられることでもあります。
 最初の戦(いくさ)で、半衛門は図書を救うべきではなかった。情に流されると自分が命を落とすことになります。戸高家の翠山城(みどりやまじょう)で戦闘が繰り広げられます。小太郎は魅力的で英雄です。ここまでは、「のぼうの城」と同じです。115ページにある小太郎の訴えには泣けます。太い柱が何本も立ったしっかりした作品です。押したり引いたり、近づけたり遠ざけたりの構成がGoodです。さまざまな戦法に感心します。戦闘は凄惨(せいさん)です。反面、相手に塩を贈る日本人的な精神構造があります。西欧人には理解できないでしょう。
 伊賀忍者の萬翠(ばんすい)が登場したあたりから現実味がなくなりました。彼はいなくてもよかったと読みながら思いましたが、読み終えてみれば彼は必要な登場人物でした。主役である小太郎の登場シーンはそれほど多くはありません。読み終えてしばらくたって思いついたのですが、「小太郎」は人間ではないのです。「魔物」という目には見えないものです。薬のようで実は毒なのです。
 210ページ付近で、この物語は情に流される物語だと決めつけようとしたら、異なる展開になりました。ひとことで言うなら「厳しい」。「武士とは何か」を問う物語です。武士は勝者になるために生きるのです。幾度となく「この時代の男たちは……」というくだりが出てきます。全体で7章ありますが、5章の後半あたりから悲劇が始まります。小太郎も半衛門も人格が崩れていく。わたしは、半衛門の言動に共感しました。
 いつの時代でも対立を解決する最終手段は武力闘争しかないのか。城下町は死体だらけです。前半の伏線がひとつ登場しました。自分の志を命がけで通す。わたしの心の中では、半衛門は英雄であり続けます。313ページ、さらにもうひとつの伏線が目の前に現れる。お見事でした。316ページ、読み終えました。すばらしい作品でした。


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