2012年05月24日

母に捧げるバラード 武田鉄矢

母に捧げるバラード 武田鉄矢 集英社文庫

 30年前に発行された本になります。この本を読んだあと映画「黄色いハンカチ」を見ると感慨が湧きます。作者の原点と言うか、源泉が母親であることがわかります。ちょっとマザコンぽくもある。私生活をさらけ出すのは、同じ九州を舞台にした東国原英夫(そのまんな東)さんの「ゆっくり歩け、空を見ろ」、リリー・フランキーさんの「東京タワー」、島田洋七さんの「がばいばあちゃん」などがあります。どうも九州男はあけっぴろげで母親にすがるのが共通の性質のようです。書中に書かれた家族、関係者にとっては迷惑な話もあります。ことにチューリップのメンバーは嫌だったでしょう。
 勉強ができなかったという記述が始めのほうで書かれていますが謙遜でしょう。国立大学で学んでおられますし、兄も東京の有名大学卒です。読みやすいし話もうまい。でも、誇張もあるようです。文章の量は大量で、すべてを語りつくそうとします。全力投球です。
 作者の情熱からは、ドラマ「101回目のプロポーズ」を思い出します。ドラマを見て感動しました。また、博多のミュージシャンの卵たちが集まったお店「照和」の話もいい。作者は両親をけなすけれど、写真で見るふたりは粗暴な要素をもつようには見えません。どこの親も考えることは一緒です。親はこどものためにああしてやりたい、こうしてやりたいと思いますが、現実にはできないことのほうが多い。せつないものがあります。ナフタリンをお菓子と勘違いして親子で奪い合ったという思い出話は、笑いつつも貧困のすさまじさ伝わってきます。酒を飲むと暴れる親父、昔はそういう男がたくさんいました。しばらく前に見た昔の映画「キューポラのある町」の親父も給料日に給料を全部使ってしまうのです。自己破滅型の男のタイプがありした。
 作者には日記を書く習慣があると察します。昭和47年10月16日、家出をした日。よく覚えておられます。記録が残っているのでしょう。この本は作者の自伝でもあり、伝記でもあります。当時の生活風景を知る歴史書でもあります。67ページ、ひいおばあさんが脳の病気で眠り続けて亡くなったのは理想の死に方です。現代では救急搬送後、病院で全身に管を付けられて痛い痛いと叫びながら、それでも死ぬのが死に方です。
 260ページ付近では、作者が教育大学の実習のために、聾唖学校でこどもたちに教えたことが書かれています。作者が主演の「刑事物語」を若い頃に映画館で見ました。その映画のヒントはそこにありました。ハンガーをヌンチャクのように振り回したヒントはわかりません。
 昭和40年代は生活の背景に歌がありました。1曲のヒット曲が世に出るまでに長い苦労の期間が必要でした。作者の人生は、アップダウンが激しい。その辺のところを書中にある言葉を借りると「実寸」で書いてあります。人を指して「砂粒」と表現するところが気に入りました。親御さんについて感想を述べると親御さんの性質は親御さんから始まったわけではなく、先祖代々続いた、教育、しつけ、生活習慣の伝承です。327ページ、作者がどん底に沈んでいたときのお母さんの言葉「乾杯しよう。福の神が勘違いして寄ってくるかもしれん」という言葉には感銘しました。苦しいときこそ、笑顔でいたい。368ページ、「チチシス、ヒマミテカエレ」には泣けました。


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