2012年05月20日

この世界の片隅に 上・中・下 こうの史代

この世界の片隅に 上・中・下 こうの史代 双葉社

 「夕凪の街 桜の国」の作者であり、まんがの本です。作者は一生広島を背負って生き続けていく人です。
<上巻> 時代は昭和9年から始まります。わたしの父や母が生まれた頃です。舞台は広島市で、やがて軍港があった呉市へ移ります。浦野家の兄弟三人、長男要一、長女のすずさんが主人公で、年齢の記述はありませんが昭和元年ぐらいの生まれで設定してあります。次女がすずさんとはひとつ違いのすみさんです。昭和9年にすずさんは将来旦那さんになる北条周作さんと出会っています。ゆっくりと時間が流れていきます。
確かにあった。こんな時代がわたしが子どもの頃に。それを人は「平和」と呼ぶのでしょう。絵の描写のていねいさがいい。心が落ち着きます。
<中巻>西原(さいばらさん、漫画家)の「ぼくんち」に出てくる荒れた家庭のこどもたち。遊郭で働く白木リンさんは、そのこどもたちのうちのひとりが大人になった姿と想像しました。こどもの売り買いはそれほど昔の出来事でもありません。この本を読んでいると戦後まもなくに流行した「りんごの歌」が頭の中を流れてくる。流れ出して止まらない。昭和の風俗史という趣(おもむき)があります。わたしの老いた母親の後姿や亡くなった父親の姿が思い浮かびました。戦時中の忌まわしき集団統制は、だれに抗議すればいいのか。だれが大多数が不幸になるように導いたのか。その深刻さは、すずさんの、のほほーんとした魅力的な個性設定によって和(やわ)らぎます。
<下巻>戦争体験がない作者には、この作品製作活動は苦しかっただろう。未体験を絵画化する作業はたいへんです。敗戦色が濃くなってきて、すずさん夫婦はこれからどうなるのだろう。食べたくても食べることが出来ない食べ物、ことに甘い食べ物の絵がたくさん絵に登場します。38ページ以降は、凄み(すごみ)があり、作者の魂がこもっています。平凡な日常を奪っていったものは何か。考える。侵略を是(ゼ、認める、許す)とする国家権力者の頭脳のなかはどうなっているのか。若い頃に、空襲体験世代の話を聞いたことがあります。こどもの頃、空から落ちてくる爆弾から逃げ回ったことがある。その行為をしていると、恐怖を通り越して笑いが出てくる。もう命の重さも軽さもありません。戦争は失うものばかり。すずさんはたくさんのものを失いました。体の一部を失い、目に見えるものを失い、目に見えないものも失いました。活字ではなく、手書きでセリフや名称が書かれている部分があります。活字がなかった時代のぬくもりが伝わってきます。生き続けるために必要なものについて今考えています。まだ、答は出ません。


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