2012年03月24日

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙 映画館

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙 映画館

 老いたサッチャーさんは、亡くなったご主人の姿が見えて、ご主人と会話をされています。幻覚と幻聴があります。
 政策断行において国家の威信を保ったり財政再建のために重税を課したりして「鉄の女」と呼ばれた女性は現在80代後半を迎えています。頑固者とみられていますが映画の中では夫に依存しています。ラストシーンで夫の遺品を黒いごみ袋に入れて捨てようとします。ようやく夫から離れて自立することができるようになったという面があります。名声をとどろかせた人でも老後はひとりぼっちです。
 映像を注視すると、サッチャーというひとりの人間に権力と責任を負わせている面があるいっぽう、彼女がグループの意見による統制を拒否しているという面もあります。11年半の彼女の軌跡をフォークランド紛争やテロ多発を中心に英国映画らしく堅く仕上げてあります。
 女性差別との闘いでもあります。また、個人商店蔑視(べっし)との闘いもあります。劇中何度もサッチャーは実家が食料品店であることで軽蔑されます。英国政治界の風土のようです。日本人にはない感覚です。英国人ひいては本人がこの映画を見てどのような感情をもつのか知りたい。
 雇用の確保を目指しつつ、労働組合を攻撃します。もしかしたら社会福祉の充実によって、英国人は積極的に働く意欲が低下したのかもしれません。
 疲れていたサッチャーさんをなぐさめて、励まして、支えたのが夫のデニスでした。ときおり何度か流れた曲としてシャル・ウイ・ダンスのミュージックがあります。
 アルゼンチン沖にあるフォークランド島奪回作戦では、日本の真珠湾攻撃が例に出されます。世界の日本に対する批判は今なお強い。うつむいてしまいました。首相という役柄は、信条を貫くこと、そして演説力の強さを求められています。
 任期後半の彼女はひとりぼっちです。彼女は周囲の助言を聞きません。彼女は頼るべき側近を侮蔑(ぶべつ)します。選挙は立候補するときよりも辞退するときのほうがむずかしい。また、人民は役職者を攻撃するけれど、投票した人民にはその人を選んだ責任があります。全体のことを考えたら負担を負うべきときもあります。万人が満足する国家の運営方式はありえないのです。
 彼女の老後は哀れです。観客の反応はふたとおりでした。意に反したのか途中で退席された数人と女性のうちの幾人かは涙しておられました。女性の自立意識と関連があるのでしょう。


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