2012年03月04日

人質の朗読会 小川洋子

人質の朗読会 小川洋子 中央公論新社

 数時間で読み終えることができる文章量です。ただし、中身は濃い。同作者作「猫を抱いて象と泳ぐ」同様に限られた狭い空間で意識を濃縮させた先にある簡明な理論を導き出すという作風です。読者の読解力を問う試験という趣(おもむき)もあります。正しい答を出せるのか自信がありません。
 南アメリカ大陸、おそらくペルー・マチュピチュ遺跡を見学するツアーでしょう。現地ゲリラに拉致(らち)された日本人観光客8人は100日が経過したある日、特殊部隊の救出作戦もむなしく全員がダイナマイトによって爆死します。事件終結後小屋に残されていた日本語跡から人質たちが朗読会をしていたことが判明します。内容は人質とか死の恐怖とは無縁のものでした。人質対策はペルー日本大使公邸占拠事件をヒントにしたのでしょう。浅間山荘事件も頭にあったでしょう。
 第一夜から第九夜まで続きます。朗読の語り手は、インテリア・コーディネーター53歳女性、調理師専門学校教授61歳女性、作家42歳男性、医大眼科学講師34歳男性、精密機械工場経営49歳男性、貿易会社事務員59歳女性、主婦45歳女性、ツアーガイド28歳男性。ここまでで八夜です。みなさんは観光目的だけで同国を訪れたのではなくて、まず仕事や研修、親族に会いに来たなどがあって、そのついでに立ち寄ったという方が少なくありません。最後まで読みましたが、作者の意図を理解できません。
 朗読内容は拉致されていた方たちによる自作のものです。過去においてこんなことがあったとふりかえる思い出の内容です。ささいな日常生活の出来事であり人質生活とはまったく関連がありません。だれしも思い出があります。2・3の人との交流が語られます。上品になれる文章です。8人が語るのですが、どれもが同じような文体なのが解(げ)せません。文章を肌で感じる。接触する。知覚する。心理が交差する。感想をうまく表現できません。
 第三夜では公民館のB談話室について語られます。参加者ひとりずつが「危機言語」なる言葉で話すのです。この本全体の様子と酷似します。B談話室のBはAでないことを暗示しています。B級なのです。ありふれた人生なのです。書中では「個人的な精神の安らぎを求める」と記述されています。運針(針で縫い物をする。)ひとつとっても「観察」と「感動」と「創造」がある。生命の誕生と生きている喜びがある。蜘蛛の巣愛好会、溶鉱炉を愛でる会、絶食研究組合、どれもが奇妙です。会が終わったあと話しかけてくる人はいない。語り手は孤独です。
 わかったつもりでもわかっていないというのが第四夜「冬眠中のヤマネ」です。各自の思い出は幼少時のものもあるし、中年の大人になってからのものもあります。配偶者が死んでいたり、未婚であったり、既婚であっても子どもがいなかったりもします。思い出のなかの祖母は認知症であったりもします。第八夜で棺おけに新品のスーツやワンピースを入れるのは人質たちの死の覚悟を暗示している気がします。
 第九夜を語るのは人質ではありません。拉致救出作戦で盗聴を担当した外国政府軍兵士22歳男性です。彼の思い出は、日本人が研究対象にした現地の蟻(あり)に関することです。ここで、死を覚悟した人びとの人生観が浮き彫りになります。人を蟻にたとえるのです。ハキリアリは、雨が降り出すとせっかく努力して手に入れた葉を潔く(いさぎよく)捨てる。なされるがままに生きて運命を悟って死んでゆく。登場する17世紀の日本の紀行文は松尾芭蕉「奥の細道」でしょう。そこから平家物語冒頭「諸行無常の響きあり」が頭に浮かびました。万物は同じ状態でとどまることはないと教わりました。
 以上、わたしが感じたことです。これから他の方の感想を見にネット内を検索してみます。
(他の人たちの感想を読んだあとで)
 明解なものは少ないけれど明解なものからは学ぶものがありました。
 ひとつは「祈り」の要素が含まれています。
 もうひとつは「過程」です。どんなきっかけで人質たちは「朗読会」を開始したのか。そこに至るまでにグループ内で数々の衝突や葛藤があったのです。グループが最終的にたどり着いたのが朗読という「静かな世界」だったのです。
(翌日の静かな夜に)
 朗読をした人たちは、生きたかった。生きて日本へ帰りたかった。


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