2024年01月10日
ちょっと思い出しただけ 邦画
ちょっと思い出しただけ 邦画 2022年(令和3年)公開 1時間54分 動画配信サービス
伊藤沙莉さん(いとうさいりさん)の演技に魅力を感じて、伊藤さん出演の映画をいくつか見るつもりで見始めた2本目の映画でした。
伊藤さんの魅力は十分発揮されていましたが、内容はいまいちでした。
男の誕生日を起点にして、過去へさかのぼっていく内容でした。
若い頃のちょっとうまくいかなかった男女の交際、男女の恋愛、そんな思い出話なのでしょう。
男の人の誕生日についてこだわりがあるのですが、誕生日を祝ってもらって嬉しいのはこどものうちだけです。(ゆえに、この映画はこどもの映画です)。
2021年7月26日に34歳を迎えた男性です。(ふつーー この年齢なら、こどもを複数かかえて、生活に追いまくられています。衣食住のきちんとした生活を送ろうという気迫とか気力が感じられない登場人物の男性です)
伊藤沙莉さんはタクシードライバー役で、いくつかいいセリフがありました。タクシーの後席で死にたいという女性客に対して、『死んじゃだめです!』、『(コロナ禍で)どこもたいへんですねーー』、『(東京)オリンピックやるなんて思いませんでしたね』、『(自分は)どこかに行きたいけれど、どこに行ったらいいのかわからない。(だから、タクシードライバーをしている(お客さんに行き先を決めてもらっている))』、『お金は必要だけれど、重要じゃない。単純にこの仕事が好き』、『(男女のコンパのシーンを喫煙口実で抜け出したあと、コンパの宴席へ戻るのですが)地獄に戻らなきゃ』
伊藤さんは本当のタクシードライバーのようでした。
最初のうちは話の進め方がうまかった。
ペットの猫の存在に効果があった。(猫の名前は、「もんじゃ」)
公園のベンチでいつも妻を待っている男性の存在の意味はとれなかった。奥さんは亡くなったのか。(最後のほうで登場しましたが、生存していた過去のこととしての登場と受け取りました)
映画が始まって20分が経過しても、なにがいいたいのかわからない内容でした。
九州弁が出ます。自分も九州出身なので親しみは感じますが、どうしてここのシーンで九州弁をアピールするのか疑問でした。長崎県の軍艦島に関するセリフも出ていました。
こちらの映画もタバコ映画でがっかりしました。喫煙シーンが、6シーンか、7シーンぐらいはありました。嗜好品(しこうひん)や薬物に依存するような人間にはなりたくありません。
バンドミュージックで、尺(しゃく。時間)をつぶす手法です。ラストの曲もそうですが、どうしてあんなヘンな声を出して歌うのだろう。聴いているほうが喜ぶと思っていたらそれは思い違いです。
ダンサーの女性のセリフだったと思いますが、『ダンスは、言葉を超えられる』が良かった。ただ、生活をしていくうえで、ダンスの仕事しかできないという人の数は少ないと思います。なんでもやって働いて稼がねば生活していけません。
もうひとつは、タクシーで塾通いをしている小学6年生ぐらいの男の子がタクシードライバーの伊藤沙莉さんにかけたセリフとして、『(元気がない伊藤さんに)ぼくもこれから塾行くのがイヤですけど、お互いにがんばりましょう!』
全般的にいいセリフはいくつもありました。待ち人来たらずのとき、『待っても来ないときは、たまには迎えに行ってもいいかもしれませんね』、それから、どろぼうみたいに建物内へ侵入を試みようとしているところを見つかって、『ボルダリングです』というセリフも良かった。笑えました。
まあ、男と女は、恋人には見えませんでした。ダンサーくずれの男性からは離れたほうがいい。彼には生活能力がありません。彼は自分のことしか考えていません。男と女のもつれが描かれていますが、ずっと会話になっていなかった。見ていて、まあ好きにしてちょうだいと思いました。あんな人間(男)のどこがいいのかわかりません。はがゆい男です。
年数をさかのぼる経緯がわかりにくい。時間と経費と労力のムダづかいのような映像が続きます。だらだらです。
ときおり男女が笑いころげるシーンがあるのですが、なぜ笑えるのかわかりませんでした。リアリティ(現実味)がない空虚な空想の世界です。見ているとむなしくなりました。
踊る表現手法の演劇の舞台劇+映画という位置づけの映画でした。
最後のほうのバックグラウンドミュージックの付け方が良かった。路上演奏の女性のギター弾き語りがあるシーンです。
コロナ禍対策のマスク姿の伊藤沙莉さんです。コロナ禍がつくらせた映画と受け止めました。
伊藤沙莉さん(いとうさいりさん)の演技に魅力を感じて、伊藤さん出演の映画をいくつか見るつもりで見始めた2本目の映画でした。
伊藤さんの魅力は十分発揮されていましたが、内容はいまいちでした。
男の誕生日を起点にして、過去へさかのぼっていく内容でした。
若い頃のちょっとうまくいかなかった男女の交際、男女の恋愛、そんな思い出話なのでしょう。
男の人の誕生日についてこだわりがあるのですが、誕生日を祝ってもらって嬉しいのはこどものうちだけです。(ゆえに、この映画はこどもの映画です)。
2021年7月26日に34歳を迎えた男性です。(ふつーー この年齢なら、こどもを複数かかえて、生活に追いまくられています。衣食住のきちんとした生活を送ろうという気迫とか気力が感じられない登場人物の男性です)
伊藤沙莉さんはタクシードライバー役で、いくつかいいセリフがありました。タクシーの後席で死にたいという女性客に対して、『死んじゃだめです!』、『(コロナ禍で)どこもたいへんですねーー』、『(東京)オリンピックやるなんて思いませんでしたね』、『(自分は)どこかに行きたいけれど、どこに行ったらいいのかわからない。(だから、タクシードライバーをしている(お客さんに行き先を決めてもらっている))』、『お金は必要だけれど、重要じゃない。単純にこの仕事が好き』、『(男女のコンパのシーンを喫煙口実で抜け出したあと、コンパの宴席へ戻るのですが)地獄に戻らなきゃ』
伊藤さんは本当のタクシードライバーのようでした。
最初のうちは話の進め方がうまかった。
ペットの猫の存在に効果があった。(猫の名前は、「もんじゃ」)
公園のベンチでいつも妻を待っている男性の存在の意味はとれなかった。奥さんは亡くなったのか。(最後のほうで登場しましたが、生存していた過去のこととしての登場と受け取りました)
映画が始まって20分が経過しても、なにがいいたいのかわからない内容でした。
九州弁が出ます。自分も九州出身なので親しみは感じますが、どうしてここのシーンで九州弁をアピールするのか疑問でした。長崎県の軍艦島に関するセリフも出ていました。
こちらの映画もタバコ映画でがっかりしました。喫煙シーンが、6シーンか、7シーンぐらいはありました。嗜好品(しこうひん)や薬物に依存するような人間にはなりたくありません。
バンドミュージックで、尺(しゃく。時間)をつぶす手法です。ラストの曲もそうですが、どうしてあんなヘンな声を出して歌うのだろう。聴いているほうが喜ぶと思っていたらそれは思い違いです。
ダンサーの女性のセリフだったと思いますが、『ダンスは、言葉を超えられる』が良かった。ただ、生活をしていくうえで、ダンスの仕事しかできないという人の数は少ないと思います。なんでもやって働いて稼がねば生活していけません。
もうひとつは、タクシーで塾通いをしている小学6年生ぐらいの男の子がタクシードライバーの伊藤沙莉さんにかけたセリフとして、『(元気がない伊藤さんに)ぼくもこれから塾行くのがイヤですけど、お互いにがんばりましょう!』
全般的にいいセリフはいくつもありました。待ち人来たらずのとき、『待っても来ないときは、たまには迎えに行ってもいいかもしれませんね』、それから、どろぼうみたいに建物内へ侵入を試みようとしているところを見つかって、『ボルダリングです』というセリフも良かった。笑えました。
まあ、男と女は、恋人には見えませんでした。ダンサーくずれの男性からは離れたほうがいい。彼には生活能力がありません。彼は自分のことしか考えていません。男と女のもつれが描かれていますが、ずっと会話になっていなかった。見ていて、まあ好きにしてちょうだいと思いました。あんな人間(男)のどこがいいのかわかりません。はがゆい男です。
年数をさかのぼる経緯がわかりにくい。時間と経費と労力のムダづかいのような映像が続きます。だらだらです。
ときおり男女が笑いころげるシーンがあるのですが、なぜ笑えるのかわかりませんでした。リアリティ(現実味)がない空虚な空想の世界です。見ているとむなしくなりました。
踊る表現手法の演劇の舞台劇+映画という位置づけの映画でした。
最後のほうのバックグラウンドミュージックの付け方が良かった。路上演奏の女性のギター弾き語りがあるシーンです。
コロナ禍対策のマスク姿の伊藤沙莉さんです。コロナ禍がつくらせた映画と受け止めました。
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