2024年01月09日

とんこつQ&A 今村夏子

とんこつQ&A 今村夏子 講談社

 短編4本です。

『とんこつQ&A』
 街の大衆食堂の店舗名が、『とんこつ』ですが、とんこつラーメンの提供はしていません。
 本来の店舗名は、『敦煌(とんこう。中国の都市名)』だったのですが、店名『とんこう』の、『う』の上にある点の部分がはずれて、『とんこつ』となったそうな。
 メニューに、しょうゆラーメンはあるけれど、とんこつラーメンはないそうです。
 店内には、4人がけのテーブルが3卓。テーブルの左手にカウンターがある。チャーハン、ギョーザ、天津飯(てんしんはん)、中華どんぶり、オムライス、カレーライス、ナポリタン、トーストとゆで卵のセットなどがある。

 『Q&A(キューアンドエー)』は、よくある質問(クエスチョン)と答え(アンサー)のことです。大衆食堂でのお客さんからの質問とそれに対する店員としての答えという意味です。QAを書いたメモが、やがてノートにまで発展します。マニュアル本の完成です。(手引き)

 大将:店主。店主もその息子も気が長い。優しい。人を責めない。攻撃しない。

 ぼっちゃん:大将の息子。物語の最初では、10歳、小学校4年生から始まります。不登校児。その後7年が経過します。ぼっちゃんは、気持ちを立て直して高校へ進学しました。実母は、ぼっちゃんが5歳の時に、心臓の病気で亡くなっています。

 わたし(今川という女性):2014年から(平成26年)『とんこつ』でパート仕事をして7年が経過している。ダブルワークで、『ドルフィン』という店で皿洗いもしている。年齢は明記されていませんが、30代なかば過ぎに思えます。
 
 16ページまで読んできて、おもしろい。村田紗耶香(むらた・さやか)さんの芥川賞受賞作品『コンビニ人間』のようです。内容のつくりは似ています。

 丘崎たま美:仕事が忙しいので、追加のパート募集に応募してきた女性。30代なかば。どんくさい。動かない。言われたことはするけれど、言われないと何時間も動かない。働かないが、休憩はとる。今川さんいわく、わたし以下の人間を初めて見た。

 独特な書きぶりの文章です。
 
 今川さんは最初接客ができなかった。『いらっしゃいませ』が言えなかった。メモ用紙に書いた『いらっしゃいませ』を読むことで言えるようになった。克服した。同様に、いろいろな言葉をメモして読むことで接客接遇ができるようになった。

 今川さんは、とうてい接客業に向かない人です。それでも、稽古(けいこ。練習)を積んで、接客じょうずになっていきます。
 坊ちゃんと大将が、今川さんに優しい。けして、叱ったり、否定したりしません。優しく励まします。(どうも父子は、今川さんを再婚相手として意識しているようすがあります)
 大将も坊ちゃんも、今川さんの接客苦手を否定しないところがいい。(ほかに店で働いてくれる人のあてがないということも理由なのでしょう)
 
 労働者として、労働者を演じて、労働による収入を得るというちゃんとした形が表現されています。

 好みが分かれる作品かもしれません。
 機械的な人間を表現してあります。

 働くためには暗記力がいる。

 今川さんは自分が買ったノートを使って、お手製の仕事のマニュアルノートを手書きで作成します。手引き『とんこつQ&A』です。お客さんとの会話のやりとりのしかたが書いてあります。
 繰り返しの稽古(けいこ)をして、今川さんは接客のテクニックを身に着けていきます。ノートは見なくても会話のキャッチボールができるようになります。
 亡きおかみさんの大阪弁のイントネーションも身に付けます。
 
 喜怒哀楽の感情が薄い無言の人というのはじっさいにいます。なにか、脳みその病気なのかもしれません。別に怒って(おこって)いるわけでもない。自分で自分の意識をコントロールできない。人から指令されないと動けない。自分のことを自分で思考して判断して決断してやれない。しかたがないのです。

 大将と坊ちゃんは、妻(母親)を病気で亡くしてさみしかった。

 亡くなった奥さんの大阪弁にこだわりがあります。
 店員ふたりに亡き奥さんの像を見ている大将と坊ちゃんです。

 『とんこつQ&A 大阪版』のできあがりを待っている。まだ完成していない本を待っている人がいる。

 言葉とか、方言にこだわる。研究する。

 不思議な雰囲気をもつ短編です。現実ならありえない展開の内容です。
 
 大事な言葉が、『ありがとう』
 教育があります。
 協力もあります。
 舞台劇のシナリオのようでもあります。
 空想の世界です。
 現実にはない空想の世界を文章化してあります。
 作者は、最後はどう決着をつけるのだろうか。今67ページ付近にいます。あと数ページで読み終わります。
 
 優しい。心優しい。
 開店記念日の8月30日に4人でささやかなお祝いをする。
 内容はち密です。
 海遊館(かいゆうかん。水族館。大阪にあります)の話が出ました。熊太郎は、たしか、3回訪れたことがあります。もうずいぶん前のことです。
 
 すごい終わり方をしました。すばらしい終わり方です。
 創作の醍醐味(だいごみ。やりがい。快楽)があります。


『噓の道』
 与田正:小学6年生男子。素行が悪い。幼稚園の時から嘘つき。主人公「僕」のひとつ上の姉のクラスメート。与田正には、4歳年下の弟がいる。ぼろいアパートに母子で住んでいる。父親は、昔はいた。

 僕:小学5年生
 僕の姉
 僕の父
 僕の母:町内会の役員、PTAの役員をしている。

 リサ、マイ、ノグっちゃん、クミ:僕の姉の仲良しクラスメート
 せいこ先生:幼稚園の先生
 白井君のお父さん:材木問屋の社長
 有馬のお母さん:看護師
 離婚体験者として:松本と橘(たちばな)

 嘘つきの話です。
 小学生たちです。
 いじめがあります。
 
 『僕』は、現在おとなです。だから小学校の時の思い出話です。
 与田正は、幼稚園の時から嘘つきでした。
 どうして嘘をつくのかは、最後まで語られません。
 与田の世帯は、ひとつのところにじっとしていられない世帯だから、そのうちいなくなるだろう。
 小学校で、与田正に対するおおがかりないじめと差別が発生します。教師もいじめの主導者のような行為をします。与田正に対してよかれと思ってした教師の行為が、さらなる陰湿ないじめに発展します。いやがらせをして快感を味わう小学生女子たちがいます。
 かわいそうだから、『その一、話しかける。』『その二、悪口を言わない。』『その三、一緒に遊ぶ。』そのとおりにすることが、陰湿ないじめなのです。ほめ殺しのようなものです。

 いじめの物語です。
 ただ、被害者は、与田正だけにとどまりません。『僕の姉』にもふりかかってきます。

 公民館で敬老の日のお祭りが開催される。
 アクシデントが起きる。
 おばあさんが左足首を骨折する。僕の姉が原因である。でも、僕の姉は責任を与田正のこととした。責任を与田正になすりつけた。与田正は無実なのに、与田正に罪をかぶせた。姉は悪人です。冤罪が発生しました。(えんざい:無罪なのに有罪とされた)

 大衆の怖さ(こわさ)が表現してある作品です。
 善人の顔をした悪人がたくさんいます。
 社会的制裁は、法令による制裁よりも厳しい。僕の姉には、厳罰が待ち受けています。
 なんだか暗いお話です。
 ひきこもりになっているらしき姉と弟が、関りになっていた同級生たちの記憶から存在が消えているのです。

 ひきこもりというものは、学校とつながりがあるうちはなにかと声をかけてくれますが、学校を卒業して、学校とのつながりがなくなると、永久にまわりとの交流が絶たれます。死ぬまで引きこもりが続くという厳しいものがあります。


『良夫婦』
 土橋友加里(どばし・ゆかり):主人公。妻。35歳。9時から4時まで和菓子製造工場で勤務している。元ヘルパー。甘いものは苦手(にがて)。

 土橋幹也(どばし・みきや):主人公の夫。36歳。訪問介護事業所副所長。妻の元上司。両親はいずれも40代で死去した。妻と同じく、甘いものは苦手。

 アンコ:メスの老犬。土橋家のペット。人間だと90歳ぐらい。土橋幹也の死んだ親から引き継いだペット。名前『アンコ』の由来はわからない。親も親の友人から譲り受けた犬で、譲られた時にすでに『アンコ』という名前だった。

 横井先生:獣医

 タム(たむら・ゆうと):公立N小学校5年生男児。学童保育所に通っている。二丁目に住んでいる。親から虐待を受けているおそれあり。老犬アンコと午後5時ころ話をしているような感じがあった。タムはたいてい空腹でいる。老犬アンコのエサを見て、おいしそうと言った。タムは、人に対する警戒心が強い。やせっぽちの少年。たまにからだにあざがある。(腕の内側)

 伊藤敏郎:昔、土橋友加里が担当していた在宅高齢者
 
 子どもに興味のない夫の言葉として、『子育てにお金を遣う(つかう)くらいなら老後の資金に回そう……』(ふ~む。体のめんどうは、他人にみてもらうつもりなのか)
 しかし、妻は、特別養子縁組制度について調べている。
 189:電話番号。児童相談所虐待対応ダイヤル。「いちはやく」
 
 児童相談所の建設反対運動:以前そんなニュースが東京で流れました。その話題にちなんだ作品なのでしょう。
 いわゆる嫌悪施設(障害者施設とか高齢者施設、火葬場など)が近所にできると知ると反対する人たちがいるのですが、できてしまうととくにトラブルもなくそれまでの静かな環境は維持されるものだと自分は理解しています。そして案外、反対していた人やその関係者が、類似の施設利用者になることも未来ではありうるのです。

(読み終えました)
 庶民の心に潜む悪意について表現してあります。ぞわっと胸騒ぎするような後ろめたさがあります。読後感は良くありません。『イヤミス』というのでしょうか、読後イヤな気持ちになるミステリーのようです。
 主人公はヒーローではありません。善人のようで善人でもありません。されど、こういう人って現実にいます。いい人ぶっている、いい人に見える、だけど違う。イヤな人なのです。善意をふるまっているようで、相手を落とし穴に落として、快楽を得る。加えて(くわえて)、自分を守る人です。自分のことを自分でやらず、人にやらせる、やってもらう人です。

 こちらの作家さんは、人間がもつ心の闇を素材にして、文章作品を創作される方だと悟りました。

 ダイヤル式鍵の番号:4122(よい夫婦)
 友加里は自分の子どもがほしい。
 疑似家族を体験したい。
 
 子どもがいない人は、パチンコをして時間をつぶすのか。

 夫婦は、タワーマンションが欲しい。

 スイミー:絵本『スイミー ちいさな かしこい さかなの はなし レオ=レオニ 訳 谷川俊太郎 好学社』

 友加里は、善人の顔をしているうそつき人間です。(最低人間)
 同じようなことを繰り返すことが、そういう人間の人生ですというお話でした。


『冷たい大根の煮物』
 人にだまされてお金を失う話です。
 木野:19歳。ひとり暮らしの女性。高卒後、プラスチック部品工場で働いている。非正規社員。だまされる人
 芝山:おばちゃん。だます人。木野と同じ工場の異なる部署で働いている。非正規社員

 じょうずにだまされて、1万円の貸し倒れになる木野さんです。
 たいてい、だます人は、だましたあといなくなります。

 最後はどうまとめるのだろう。
 だまされたほうは、マイナスばかりでもない。プラスの遺産を木野さんに提供して行方をくらませた芝山さんです。
 まあ、木野さんはお人よしでした。断れない人です。『お金の貸し借りはしません』と言える人にならなければ、まただまされるでしょう。
 人間なんてそんなもの。だまされたり、だましたり……
 『冷たい大根の煮物はあれきり一度も食べていない』→だまされたことを思い出したくないのでしょう。

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