2023年12月27日

その本は 又吉直樹 ヨシタケシンスケ 

その本は 又吉直樹 ヨシタケシンスケ ポプラ社

 おもしろそうです。
 王さまが、又吉直樹さんとヨシタケシンスケさんに指令を出します。
 世界を回って、『めずらしい本』の話を集めてきて、わたしに教えてくれというパターンです。

 この本自体は分厚いのですが、ページをめくると、児童文学のようでもあり、絵本のようでもあります。
 絵は、ヨシタケシンスケさんの絵で色合いも人物絵もきれいです。
 似顔絵です。本の中に、又吉直樹さんとヨシタケシンスケさんがおられます。

 なにが始まるのだろう。
 ふたりが一年後、珍しい本探しのための世界の旅から王宮に帰ってきました。
 どうもふたりはいっしょに回ったのではなく、それぞれで回ったらしい。
 
『第1夜』
 又吉直樹さんの姿が絵であります。
 ①とんでもない速さで走っている本
 ②ふたごの本
 (う~む。意味がわからない)
 ③警察に追われている本
 (本=人間なのか)
 ④『日本』という本
 (クイズ、だじゃれ、なぞなぞなのか)
 第1話を読み終えて:なんじゃらほい?!

『第2夜』
 ヨシタケシンスケさんの姿が絵であります。
 こちらは、マンガのような絵がいっぱいです。
 期間として『3ポーレは、800年間』のこと。
 アイデア、発想があります。
 幼児でないと理解できないことがある。(そういうことってあると思います)
 『ソの本』は:『ファの本』と『ラの本』の間にある。(なるほど。こどもさんがこの部分を読むとどんな感想をもつのだろうかと興味が湧きました)

『第3夜』
 再び又吉直樹さんの登場です。
 なかなかいい感じです。
 『その本は、しおりを食べる……』(殺人事件に発展します)
 『その本は、人を選ぶ。』(意味深い。本を読む人について書いてあります)
 『その本は、かなり大きな声で笑うので真夜中は冷蔵庫で……』
 『その本は、高いところから落とすと猫みたいに回転して……』
 (おもしろいうなあ。『思考遊び』があります)
 『…… やさしい本を食べると怪物はやさしくなるらしい』
(う~む。たいしたものだと唸りました(うなりました))

『第4夜』
 ヨシタケシンスケさんの番です。
 (いいなあ~)
 その本は:いつかぼくを救ってくれるはずだ。いつかぼくを大金持ちにしてくれるはずだ。いつかぼくは生まれ変わる。
 その本は、私が5歳の時、書いたものだ…… (本づくりの楽しみがあります。人生の楽しみにつながります)

『第5夜』
 又吉直樹さんの番です。
 意味深い。『本=人』ととらえる。
 人間はやっぱり、見た目よりも中身です。
 
 老化について考えることがあります。
 長い間生きてきて、自分と同世代の人たちの若かった頃の見た目を覚えていて、語弊がありますが、(ごへい。誤解を生みそうになる)若い頃いくらかっこよくて、イケメンや、美人でも、50年ぐらいがたつと、見た目はどうしても『劣化』します。あんなにかっこよかったのにとか、あんなに素敵だったのに…… 歳(とし)をとってしまったということはあります。
 本の55ページに、『その本は、「わかいころはモテた」がくちぐせです。』とあります。

 『その本はボロボロである』(紙の本だからぼろぼろになれます。深くて、大きくて、広い感情が、文章にこめられています)

 本をペットにたとえる。
 『その本は、僕になついていて、いつも(僕の)右肩にのっている……』

『第6夜』
 ヨシタケシンスケさんの番です。
 亡き父が自分の人生を書いた本があります。
 人生をふりかえって思うに、『自分の人生は(これで)上出来だった。(じょうできだった)』
 
『第7夜』
 又吉直樹さんの番です。
 この部分はとても長かった。78ページから118ページまで続きます。
 今年読んで良かった一冊になりました。
 語るのが、小学5年生の岬真一で、彼のパートナーが、小学校に転校してきた女子である竹内春(たけうち・はる)です。
 力作です。小学生同士の恋話ですが、『うまい!』
 ふたりは将来絵本作家になりたいという共通の夢をもっています。

 竹内春:おかっぱあたま。髪の毛がきれい。色白。切れ長の両目をしている。おとなっぽい。知的。声がよく通る。写真のような絵を描く。父親がアルコール依存症のDV男(暴力、暴言男)です。竹内春は父親を、『鬼』と呼びます。

岬真一:感情が屈折している。絵が得意。岬真一は、『鬼』を金属バットでめちゃめちゃに叩きたい(たたきたい)。竹内春を守りたい。

 ふたりの間で、マンガノートの交換が始まります。それはやがて、『交換日記』に発展します。

 アイデアが尽きません。
 湧き出る泉の水が尽きない(つきない)ようすに似ています。
 『遊びなのか修行なのかわからなくなってきた』とあります。
 『好きであることは間違いないだろうけど、それは自分よりも面白い絵を描ける人として惹かれていたり(ひかれていたり)、恐怖を感じている気持ちの方が強いのかもしれなかった』
 明文堂:めいぶんどう。文房具店
 『…… でも竹内と話していると一人のときよりも楽しいかもしれない……』
 『イエスタディワンスモア カーペンターズ』(1973年(昭和48年)ころ、よくはやりました。洋楽曲です)

 長い文章を続けて読みながら、(最後はたぶんふたりは別れるのだろうな)と思う。
 そのとおりになりました。

 絵本作家どうしはライバルになることはありません。友だちどうしになることはあります。

 お酒のみと結婚すると、普通なら体験しなくてもいい苦労を体験することになります。
 結婚相手を選ぶ時の物差し(ものさし。基準)です。何をする人かではなく、なにをしない人かという視点に立って相手の人を評価したほうが賢明(けんめい。かしこい)です。
 大酒飲みはアウトです。喫煙者もやめたほうがいい。無用なトラブルに巻き込まれて苦労します。暴力・暴言をふるう人もダメです。
 一見優しそうに見えても、家の中に入ると暴れる人っています。自分の思いどおりにならないと、机をたたいたり、椅子をけったりする人は危険です。
 調子のいい噓つきも排除したい。ひとつ嘘をつく人は、いくらでも嘘をつきます。
 相手を、よーく観察したほうがいい。人はたいてい、いいところもあれば、そうでないところももっています。ひとつでも尊敬できるところがあれば、ほかのいやなところはがまんできて、付き合いを続けることができるということはあります。
 竹内春の言葉として、『鬼はお母さんのことを叩いたり怒鳴ったりします……』
 
 30年に1回巡ってくるという流星群のことが出てきます。

『第8夜』
 この部分は、ヨシタケシンスケさんの語りで、人生の本について書いてありました。
 ちょっとわかりにくかった。

『第9夜』
 この部分は、又吉直樹さんです。
 『その本は、ゾンビが怖くなくなる方法について書かれている』(この部分を読んで考えたことです。自分も悪人になって悪の世界になじめば悪の世界にいるうちは生きていけるとも受け取れます)

 文章を読むとマンガの絵が頭に浮かびます。
 絵はありませんが、マンガの世界です。本を図書館の本棚に置くと、ゴゴゴゴゴゴーと地響きがして、大きな本棚が左右にわれて、床から光かがやく別の巨大な本棚があがってきて…… となるのです。

 『その本は、まっしろである。』
 病気で亡くなったお父さんが、生きていた時に撮影したビデオ映像が、その後成長した娘さんの結婚式で披露されます。
 撮影されたのは、2009年4月8日に撮(と)られたものです。映像の中でお父さんが、『あいこ、結婚おめでとう!』とメッセージを送ります。(でも、おとうさんは、もうずーっと前に、天国に行かれています)
 わたしは読んでいて、遺言(ゆいごん)の『付言(ふげん)』を思い出しました。
 わたしは今年の春、司法書士事務所の人に関り(かかわり)になってもらって、公証人役場で遺言の手続きをしました。
 そのとき、司法書士事務所に、遺族(妻子)に読んでもらう『付言』を預けました。わたしが死んだあと、妻やこどもたちに手渡しされます。
 わたしのメッセージを読む遺族の状態が、こちらの本のこの部分に書いてあると思いました。
 本では、亡くなったお父さんが動画の中で、トランペットを吹きます。『ザ・ローズ』という曲です。純粋です。損得勘定の意識はありません。胸にジンときました。

『第10夜』
 ヨシタケシンスケさんの番です。
 なるほどと思わせてくれる短文です。
 邦画『転校生』のパターンで、本と人間が入れ替わります。
 人間の意識をもった『本』は、病院への入院で体を動かせない状態になった人の心持ちに似ています。
 『もしかしたら、ぼくはもともと本だったのかもしれない……』
 すごい発想力です。
 
『第11夜』
 又吉直樹さんの番です。
 『その本は、夢のなかでしか読むことができない……』
 こどもさんが、教室の中で、どうやって友だちをつくったらいいかの問いかけです。
 わたしは、『ありがとう』と言えば、友だちができると思っています。『ありがとう』と言われて怒る(おこる)人はいません。いろいろ付け加えると、『あいづちをうつ。(人はたいてい、自分が言いたいことを言いたい。反対に、人の話は聞きたくないか、聞いているふりをしていて聞いていない。だから、きちんとした会話をしていなくてもだいじょうぶ。雑談は、発表ではありません)』『相手に負担をかけない。(相手を質問攻めしない。相手が話したことを否定しない)』『共通の話題をもつ』これぐらいあれば、雑談がなりたってともだちのような関係ができあがります。

『第12夜』
 『その本は、評判が悪かった…… ヒーローが負ける話だったからだ。』
 だけど、それが励ましになった。なにもかもがうまくいかない人生だった。
 亡き父親の話が出てきて、亡き父親の知り合いがいて、永い時を経て、一冊の本が、亡き父親の息子の気持ちを助けます。
 わたしが思うに、奇跡というのは、奇跡ではなくて、『必然(ひつぜん。必ずそうなる)』なのです。確率が低くても、そうなるのです。
 本と人との出会いについて書いてありました。

『第13夜』
 最後の夜になりました。
 又吉直樹さんの番です。
 『その本は、まだ生まれていません……』
 小説家がその本を書いている途中なのです。
 小説家はがんばっています。

『エピローグ(最後の言葉)』
 この本のからくり(仕組み)について書いてあります。
 又吉直樹さんとヨシタケシンスケさんが登場します。
 王さまへの報告に関する詳細です。
 王さまはふたりの報告を聴(き)いたあと亡くなってしまいました。
 オチがおもしろい。ここには書きません。
 なかなかいい本でした。

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