2022年10月25日
2007年初回 太川&えびす日本列島横断ローカル路線バス旅
日本列島横断ローカル路線バス乗り継ぎの旅 横浜市から富山県氷見市(ひみし) 2007年(平成19年) 太川&えびすの路線バスの旅 初回 BSテレ東再放送
太川陽介さんと蛭子能収(えびす・よしかず)さん、ゲストが中島史恵(なかじま・ふみえ)の記念すべき第1回の路線バス乗り継ぎ旅です。
自分は40代から50代の20年間ぐらい、一生懸命働いていたので、テレビはニュースと天気予報ぐらいしか見たことがありませんでした。
定年退職をして、過去に放映されたテレビ番組を再放送や動画配信サービスで観ることができることを知り、毎日のようにテレビを観て楽しんでいます。
今ごろですが、テレビを観なくて知らずに過ぎた20年間を掘り起こす作業を、数年前から続けています。
そんななかで、この番組とか、刑事ドラマ『相棒』を知りました。ああこんないい番組があったんだと新発見をした気分です。ほかの人にとっては再放送でも、自分にとっては新番組です。そのほかにも、自分がこどものころに見ていたマンガ動画なども楽しんでいます。
さて、この回の3人のチャレンジは成功しています。
太川陽介さんが若い。
えびすさんも元気がいい。
もう15年ぐらい前の出来事です。
えびすさんがおもしろい。いきなりの遅刻です。目覚まし時計を午前4時20分にセットすべきところ、午前5時20分にセットしてしまったそうです。横浜市内の集合場所集合時刻午前6時00分に15分遅れて到着して6時30分のバスにあわてて乗り込みました。富山県まで3泊4日の旅が始まりました。
再放送の番組は2時間番組です。じょうずに編集されています。あちこち立ち寄って観光もされて充実の中身です。放送時間の2時間は適当な時間で観やすい。当初はたぶん2時間半番組ぐらいで放送されていたのでしょう。
えびすさん語録として、
(スタート地点で)『どこに行くんですか?』(何も知らずに参加するのか。驚きです)
『行きあたりばったりが好きですよ。(自分の)人生も行き当たりばったりです』
(バス停でバス案内をしてくれた幼児連れの若いママに向かって)『(あなたは)妊娠してますね!』若いママが『してません!!』(その後バスの車内でその母子の小さなこどもさん女の子とお菓子のやりとりをしていました。ほほえましかった)
このときは、途中、バスが土砂崩れで運行していない区間でのタクシー乗車あり、地元の人が運転してくれる好意での車移動ありです。ふれあい人情旅です。
バスの車内での乗客さんたちとの会話もにぎやかです。
朝の通学途中で男子高校生のカバンの中身が弁当だけしか入っていなかったのには笑いました。
中島史恵さんが、移動中の路線バスの中で突然ピンポーンと降車合図のボタンを押し、車窓から見かけたブドウ狩りに行く! と突然言い出して、えびすさんを誘って路線バスを途中下車したことにはびっくりしました。
太川陽介さんが、時間がないのになんてこったとふたりを止めても、中島史恵さんは太川陽介さんの言うことを聞きません。太川さんはバスの中、ひとりぼっちで、山梨県甲府市へ行きました。ちょっと考えられないようなハプニングでした。(その後、合流しました)
長野県の高遠(たかとお)というところには、以前、大学生だった息子とふたりで自家用車をかわりばんこに高速道路を運転して行ったことがあるので、なつかしかった。高遠桜で有名なところです。
えびすさんは、地元の名物とかお店のおすすめ料理を食べません。お店の人からソースカツ丼を勧められてもうな重を頼みました。そのへんはがんこです。それでいいと思います。
バス停のベンチで、地元のかなり年配のおばあさんが3人に袋に入ったブルーベリーを勧めてくれました。
その時から15年ぐらいが経っているので、当時の年齢からいって、ブルーベリーをくださった女性はもうご逝去(ごせいきょ)されていると思いますが、ご本人にとっては、いい思い出の出来事として喜んでおられたと思います。
最近は、核家族化が進んで、お年寄りの話し相手が苦手な新卒の人が増えました。
世間での顧客としては高齢者が多い商売が多いので、接客においてむずかしい面があるようです。とかくお年寄りは言うことが気まぐれです。慣れてください。
3人ともだんだん疲れがたまってきます。
鉄道や車だったら1日あれば行ける所へ、3泊4日かけて路線バスを使って行くという当時としては無謀(むぼう。不可能ではないか。無理でしょう)ともいえる挑戦です。
バス路線がないところは、長時間かけてバス停があるところまで黙々と歩きます。
岐阜県高山市の朝市風景が出ました。
30代のころ仕事で何度か高山市内を訪れたことを思い出しました。
途中の平湯温泉というところにも行ったことがあると思うのですが、明瞭には思い出せません。永い時が過ぎました。もう体は30代のころのようにびゅんびゅんとは動いてくれない年齢になってしまいました。
岐阜県白川郷(しらかわごう)も何度か訪れました。
赤や黄色の紅葉がきれいでした。
かやぶき屋根の家には、こどものころ農家だった父親の実家が同様のつくりで、小学校低学年のころに、しばらく祖父母たちと同居していたことがあります。ゆえに、建物の構造とか暮らしぶりはわかります。
富山湾がゴールです。
海が見える風景のゴールは気持ちがいい。
太川陽介さんが海に向かって大きな声を出します。『わがままなえびすーー』
えびすさんがそんなことを言うなよと言いながら『三人で仲良く行こーぜーー』
ゴールの夜の夕食です。
生ビールとお刺身がおいしそうでした。
たしか、番組のなかでのアナウンスのコメントが『無謀な旅の始まり』でしたが、じっさいは『ステキな旅の始まり』でした。
太川陽介さんと蛭子能収(えびす・よしかず)さん、ゲストが中島史恵(なかじま・ふみえ)の記念すべき第1回の路線バス乗り継ぎ旅です。
自分は40代から50代の20年間ぐらい、一生懸命働いていたので、テレビはニュースと天気予報ぐらいしか見たことがありませんでした。
定年退職をして、過去に放映されたテレビ番組を再放送や動画配信サービスで観ることができることを知り、毎日のようにテレビを観て楽しんでいます。
今ごろですが、テレビを観なくて知らずに過ぎた20年間を掘り起こす作業を、数年前から続けています。
そんななかで、この番組とか、刑事ドラマ『相棒』を知りました。ああこんないい番組があったんだと新発見をした気分です。ほかの人にとっては再放送でも、自分にとっては新番組です。そのほかにも、自分がこどものころに見ていたマンガ動画なども楽しんでいます。
さて、この回の3人のチャレンジは成功しています。
太川陽介さんが若い。
えびすさんも元気がいい。
もう15年ぐらい前の出来事です。
えびすさんがおもしろい。いきなりの遅刻です。目覚まし時計を午前4時20分にセットすべきところ、午前5時20分にセットしてしまったそうです。横浜市内の集合場所集合時刻午前6時00分に15分遅れて到着して6時30分のバスにあわてて乗り込みました。富山県まで3泊4日の旅が始まりました。
再放送の番組は2時間番組です。じょうずに編集されています。あちこち立ち寄って観光もされて充実の中身です。放送時間の2時間は適当な時間で観やすい。当初はたぶん2時間半番組ぐらいで放送されていたのでしょう。
えびすさん語録として、
(スタート地点で)『どこに行くんですか?』(何も知らずに参加するのか。驚きです)
『行きあたりばったりが好きですよ。(自分の)人生も行き当たりばったりです』
(バス停でバス案内をしてくれた幼児連れの若いママに向かって)『(あなたは)妊娠してますね!』若いママが『してません!!』(その後バスの車内でその母子の小さなこどもさん女の子とお菓子のやりとりをしていました。ほほえましかった)
このときは、途中、バスが土砂崩れで運行していない区間でのタクシー乗車あり、地元の人が運転してくれる好意での車移動ありです。ふれあい人情旅です。
バスの車内での乗客さんたちとの会話もにぎやかです。
朝の通学途中で男子高校生のカバンの中身が弁当だけしか入っていなかったのには笑いました。
中島史恵さんが、移動中の路線バスの中で突然ピンポーンと降車合図のボタンを押し、車窓から見かけたブドウ狩りに行く! と突然言い出して、えびすさんを誘って路線バスを途中下車したことにはびっくりしました。
太川陽介さんが、時間がないのになんてこったとふたりを止めても、中島史恵さんは太川陽介さんの言うことを聞きません。太川さんはバスの中、ひとりぼっちで、山梨県甲府市へ行きました。ちょっと考えられないようなハプニングでした。(その後、合流しました)
長野県の高遠(たかとお)というところには、以前、大学生だった息子とふたりで自家用車をかわりばんこに高速道路を運転して行ったことがあるので、なつかしかった。高遠桜で有名なところです。
えびすさんは、地元の名物とかお店のおすすめ料理を食べません。お店の人からソースカツ丼を勧められてもうな重を頼みました。そのへんはがんこです。それでいいと思います。
バス停のベンチで、地元のかなり年配のおばあさんが3人に袋に入ったブルーベリーを勧めてくれました。
その時から15年ぐらいが経っているので、当時の年齢からいって、ブルーベリーをくださった女性はもうご逝去(ごせいきょ)されていると思いますが、ご本人にとっては、いい思い出の出来事として喜んでおられたと思います。
最近は、核家族化が進んで、お年寄りの話し相手が苦手な新卒の人が増えました。
世間での顧客としては高齢者が多い商売が多いので、接客においてむずかしい面があるようです。とかくお年寄りは言うことが気まぐれです。慣れてください。
3人ともだんだん疲れがたまってきます。
鉄道や車だったら1日あれば行ける所へ、3泊4日かけて路線バスを使って行くという当時としては無謀(むぼう。不可能ではないか。無理でしょう)ともいえる挑戦です。
バス路線がないところは、長時間かけてバス停があるところまで黙々と歩きます。
岐阜県高山市の朝市風景が出ました。
30代のころ仕事で何度か高山市内を訪れたことを思い出しました。
途中の平湯温泉というところにも行ったことがあると思うのですが、明瞭には思い出せません。永い時が過ぎました。もう体は30代のころのようにびゅんびゅんとは動いてくれない年齢になってしまいました。
岐阜県白川郷(しらかわごう)も何度か訪れました。
赤や黄色の紅葉がきれいでした。
かやぶき屋根の家には、こどものころ農家だった父親の実家が同様のつくりで、小学校低学年のころに、しばらく祖父母たちと同居していたことがあります。ゆえに、建物の構造とか暮らしぶりはわかります。
富山湾がゴールです。
海が見える風景のゴールは気持ちがいい。
太川陽介さんが海に向かって大きな声を出します。『わがままなえびすーー』
えびすさんがそんなことを言うなよと言いながら『三人で仲良く行こーぜーー』
ゴールの夜の夕食です。
生ビールとお刺身がおいしそうでした。
たしか、番組のなかでのアナウンスのコメントが『無謀な旅の始まり』でしたが、じっさいは『ステキな旅の始まり』でした。
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