2022年08月19日

NHK番組「72時間 青森県恐山 死者たちの場所」

NHK番組「72時間 青森県恐山(おそれざん) 死者たちの場所 2014年(平成26年)放送分」 
放映開始後10年間をふりかえっての歴代ベスト10スペシャルのうちの第10位


 番組を見て、今年はもう無理ですが、来年以降で青森県の恐山を訪ねてみようという気持ちになりました。
 青森県には二度行ったことがありますが、青森空港から恐山までは、レンタカーを借りたとしてもかなりの時間がかかります。(番組中で、青森市内から車で3時間と紹介があります。されど、映像で、訪れている人たちの駐車場に停めてある(とめてある)自家用車のナンバープレートを見ると、関東の栃木ナンバーとか、東京方面のナンバーなども多かった)

 番組を見て、青森空港から半日かけて運転してでも、これは、一度は行っておかねばという意欲が湧きました。
 恐山は、まるで、死んだあと、極楽だか地獄だかにつながる三途の川(さんずのかわ)を見るような風景です。
 訪問されているうちのどなたかが、身内の人が亡くなったときに来るところですというようなお話をされました。
 自分たち夫婦も昨年年寄りの身内をふたり亡くしました。恐山に行けば、また会えるような気がするねと妻と話が出ました。もうずいぶん前に亡くなった祖父母や父親にも会えそうです。
 映像の中で女性が、こちらからは(亡くなった相手は)見えないけれど、向こうからは見えているような気がしますとお話しされていました。

 番組では、カメラを72時間(3日間)定点に置くような感じにして人々の喜怒哀楽を見守ります。
 インタビューで語られる過去の人生のことは、かなり重いことが多い。
 『命』とか『死』がからみます。
 避けてとおれないのです。
 きょう、隣にいる人が、あしたも隣にいるという保障はありません。
 番組の最後に出演者の方たちが言っていましたが、『なんでもない日常生活』が一番大事なのです。
 いっしょにいて、むだ話と思えるような内容の雑談が、相手が亡くなったあとになってみると、胸にじんと迫ってくるのです。
 
 最近思うのは、73歳ぐらいで亡くなる人が多い。
 それよりも早く、太く短く、年若く亡くなる人も多い。
 だれもが、90歳ぐらいまで長生きできるわけではありません。
 
 恐山の映像を観て(みて)の感想です。
 癌(がん)で亡くなる人が多い。
 いわゆる水子(みずこ。流産で亡くなるあかちゃん。胎児(たいじ))も多い。
 ゆえに、ちびっこの映像が出ると、生きていてほしいと祈りたくなります。死んじゃダメです。
 以前、自分のエンディングノートをつくったときに、昔からの戸籍を取り寄せたことがあります。そこには会ったこともないあかちゃんのままで亡くなったおじさんがいてびっくりしました。また、母親からあんたの前に何人か流産したことがあると言われてびっくりしたこともあります。人生いろいろです。何ごともなくまっすぐな人生は珍しい。

 映像では、ペットのうさぎを自分のこどものように育てて亡くした、お子さんのいないご夫婦がおられます。
 ペットのうさぎは家族だったのです。
 ペットは心の支えです。

 福島の原子力発電所で働いていて、今は青森の原子力発電所で働いている年配の男性が出ます。お話をうかがっていると、原発反対!などと軽々しく(かるがるしく)言えない状況があります。何でも否定するだけの言動は浅はかです。(考えが足りない)
 生活していくために原発で働く人の気持ちがあります。

 出産後の状態が思わしくなく、子を産んで26歳で亡くなった娘さんのご両親が登場されます。
 嬉しいはずの孫の誕生なのに、娘さんは亡くなってしまいました。
 親よりも先にこどもが亡くなるということは、ときおりあるのでしょう。
 順番が逆です。
 娘さんと入れ替わりに現在小学5年生になっている孫娘さんがこの世に遺されました。(のこされました)
 お嬢さんは、成長するにつれて、きっと、生きていた時の娘さんのような姿に育っていかれるだろうと思います。

 あっちの世界とこっちの世界が交わる(まじわる)ところが『恐山(おそれざん)』なのです。
 こっちの世界の人間は、あっちの世界にいる人たちやペットたちのことを考えながら、自分自身の気持ちの整理をつけるのです。

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