2021年09月14日

スモールワールズ 一穂ミチ

スモールワールズ 一穂ミチ(いちほみち) 講談社

 短編6本です。
 どういうわけか、タイトル「スモールワールズ」という作品はありません。
 全体で、「小さい世界」ということなのか。

「ネオンテトラ」
 ネオンテトラとは? 調べました。「(アマゾン川で発見された)熱帯魚」だそうです。ネオンサインのような模様。青と赤の縦じま。

 4ページぐらい読んで、ああ、自分には合わないと肌で感じました。流し読みにしようか。
 若い人向けの作品だとピンときました。

 ドルオタ:アイドルオタク。特定のアイドルを追いかける。麻子という女性のこと。
 デコる:飾り付ける。

 文章は音楽を感じられる文脈です。

 相原美和(身長170cm。ファッションモデル。されど34歳ゆえに需要がなくなってきている)と貴史という夫婦がいます。
 稲田有紗(ありさ)という相原美和の姪(姉の子。姉夫婦は海外駐在中(タイ国))がいます。
 麻子は妊娠するための活動を夫婦でしているらしい(妊活)
 されど夫の貴史には女がいるという設定です。
 結婚して8年、マンションは貴史の親が買ってくれた。
 その部屋に「ネオンテトラ」がいるのです。水槽で泳いでいます。30匹ぐらいいます。
 
 ちゃんとした生活をしていない登場人物たちについての文章を読むのは苦痛です。
 妊活をしているのに、麻子さんはタバコを吸います。ストレス解消のためか。
 そして物語は発展していきます。
 うまい。話の流れづくりが。次はどうなるのかという興味が湧きます。

 蓮沼笙一(はすぬま・しょういち):主人公の姪である有紗の同級生。私立中学生。身長160cm

 どこもかしこも家族関係が壊れています。
 なにかしら心が満たされない生活ですが、表面上は家族であり夫婦です。
 
 着回しコーデ:同じ服をいろいろな組み合わせで着こなすこと。

 才能ある作家さんです。
 怖くなってきます。ホラーです。
 頭の中で、現実世界では、こういうことがあってはいけないという世界を構築する。小説のなかの世界では、こういう世界があってもいい。スレスレの部分を渡るスリルがあります。

「魔王の帰還」
 魔王は、真央(まお)という結婚後3年ぐらいで、これから離婚するぞという27歳の女性のことなのかと途中でわかります。身長が188cm、足のサイズが28cm、巨体です。彼女の職業はトラック運転手です。
 彼女には、同じく体が大きな高校二年生の森山鉄二という名前の弟がいて、このふたりプラスあとひとりの同級生女子住谷菜々子を固まりにして物語がころがっていきます。
 マンガのようでもあります。「スラムダンク」を読んでいるようでもあります。
 結婚しても結婚生活を継続していくことができない夫婦のことが、この本のなかにある短編集のテーマなのだろうか。人生の最後まで添い遂げられないであろう男と女です。
 人間界では、こどもにとって、いい親ばかりじゃありません。
 
 森山鉄二も住谷菜々子も賢い。

(つづく)

 読み終わりました。
 今年読んで良かった一本になりました。
 作品は、「いいとか悪いとかでは決められないこともある」と主張します。
 ただ、物語の中だけならそれでもいい。人生の現実においては「割り切り(歯を食いしばって、結論をきっぱりとくだす))」は必要だと思います。そこにはなにがしかの「愛情」があります。

「ピクニック」
 これもまた恐ろしいお話です。イヤミスという部類の小説か。(読んだあと嫌な気持ちになるミステリー)かなりつくりこんである作品です。練り上げてあります。
 催眠効果がある作品です。
 つくりものだと思って読んでいないと、催眠術にかかって心は異世界へ運ばれていきます。恐ろしくて、怖い世界です。
 
 親子関係のかなりきつい内容です。克服すべきもののレベル(水準)がとても高い。
 先日観た「東野&岡村の旅猿」で女性タレントさんが、あかちゃん育児のたいへんさ、苦痛さを語っていたことが思い出されます。
 
 あかちゃんがいやがって、おっぱいを飲んでくれません。
 母親はイライラします。
 おっぱいを飲ませようとすると頭を振って飲んでくれないのです。
 
 こどもに育児の見返りを求めると苦しい。
 こんなにやっているのにどうして自分の言うことをきいてくれないの。
 体罰につながっていくあやうさがあります。

 夫は育児に関して役に立ちません。
 夫は仕事での栄誉を考えているだけです。
 (体験として、夫は仕事よりも育児を優先しなければならないときがあります。選択を誤ると、のちのちかなり後悔します。仕事は断ればいいのです。ほかにやってくれる代わりがいます)

 途中、手法が唐突で強引なため、ストーリーの崩れを感じるのですが、やがて、持ち直します。つくり話なので響いてこないと思って読んでいると、後半で、そういう構造のストーリーかと感心します。

「花うた」
 趣旨をつかめず読み終えました。自分が、読解力不足なのでしょう。
 殺人事件で殺されてしまった犯罪被害者の妹(看護師)と収監されている犯人加害者との文通です。ただの刑務所ではなく、半官半民の特別なプログラムをもつ刑務所的施設となっています。刑務所であることには変わりはないのでしょう。
 犯人と犯人に殺された兄の妹との文通はありえないと思いながら読んでいました。
 手紙は検閲されています。
 妹の意図は復讐で、表向き支援するようにみせかけて、犯人が出所してきたら仕返しするのだろうかと思いながら、ふたりのやりとりをみていました。
 加害者については、『ケーキの切れない非行少年たち 宮口幸治(みやぐち・こうじ) 新潮新書』を思い出しながら読んでいました。「認知機能:記憶、思考、理解、計算、学習、言語、判断」に問題があって、病院では、根本的には治せない。投薬治療だけしかできないとのことでした。
 おそらく過失もあって、(意図的なものではなく、偶発的な事故的事件)傷害致死で5年の刑です。23歳で入所し、28歳で出所です。
 ふたりの文通には、弁護士がからんでいます。「刑罰より更生を」の社会復帰プログラムという教育的意味合いがあります。
 
 別の形での復讐だろうか。
 加害者は収監中に、途中で、別人に変化してしまいます。
 被害者の妹がなにかをしたわけではありません。
 悪い神さまが、犯人に手を下したのか。

 35歳の兄が23歳の加害者のせいで命を落としました。被害者の妹はそのとき25歳でした。

 いくら両親を交通事故で亡くして、兄妹ふたりで生活してきたからといって、妹が兄をここまで強く想う(おもう)だろうかという疑問をもちながら読みました。
 通常、兄弟姉妹というものは生まれながらに、お互いにライバルです。いつも平等を求めます。利害関係が近接するとトラブルになります。それぞれに配偶者がつくと、さらにややこしくなります。だから、距離をおいて付き合います。それが現実です。つくり話だと思って読み続けます。稀有(けう。少ない)な理由を根拠にして、こういうパターンで作品を書くことは、書き手にとっては、けっこう苦しい。

 「漢和辞典」や「国語辞典」を使うことは、最近は少なくなりました。小説にある2010年のことに関する部分は、まだ両辞典が使われていたような気がします。また、刑務所内では、服役者は、スマホやパソコンは使用できないでしょう。加害者男性は、文字の読み書きが不自由なので、手紙を書くのはひと苦労です。この加害者は作品中にあるような手紙形式文章は書けないと思います。(この点でもつくり話だと思って読んでいます)

 ジグソーパズルのワンピース(ひとつの部品。ピース)が伏線です。

 宗教的な部分もあります。

「愛を適量」
 心にしみじみとくるいい作品です。
 ユーモアもあります。
 タイトルは、愛情は適量にしましょうという意味合いのお話です。
 父親として、そして、高校男性教師としての愛情です。

 トランスジェンダーでFtM:肉体は女性でも男性として生きる。
 ニッセンの通販:通信販売大手。ニッセンホールディングス

 主人公男性の気持ちがよくわかります。
 よかれと思ってやったのに相手から迷惑だったと言われるとかなりショックを受けます。手間ひまかけて、時間と経費もかけて、あの労力と経費は何だったのだろうと情けなくなります。
 ただ、迷惑かもしれませんが、それも愛情です。

 娘に、自分は男として生きたいと言われたら、父親はあきらめるしかありません。

 いい文節として「老いては子に従え」「心臓が止まるまではこの容れ物で生きていくほかない」「お告げみたいな気がした」
 
 親子は親子、全部が全部こうはいかないけれど、いい話でした。

 名づけにこだわる作者です。

「式日」
 親の役目を果たせない親に対する怨念がこもった作品です。
 この短編集は登場人物になにやら関連がある仕掛けがしてあります。この最後の作品では、最初の作品で出てくる熱帯魚「ネオンテトラ」が扱われています。

 お葬式のお話です。
 これまでに何度か体験した火葬場での待ち時間を思い出しながら読みました。
 
 フリスク:ミント風味の錠剤型菓子

 父親を亡くした高校の後輩男性が先輩女性を父親の葬式に誘います。
 アルコール依存症で家族に大迷惑をかけたろくでもない父親だったそうです。いわゆるアル中のだめオヤジです。
 父親がだめオヤジだからといって、息子ががんばって立派なわけでもありません。
 先輩の女性の方も家庭も家族もありません。施設育ちだったそうです。

 ないものをねだってもしかたがありません。
 歯を食いしばって、自分で「家族」をつくります。
 
 読んでいる自分にとっては、滅入る話が続きます。

 印象に残った文節の趣旨として「(相手に)嫌われたらそこで終わる(だから気楽でいい)好かれたら始まるから怖い」「数えきれないほどの回数、死んでくれって思ったことがある」「骨の白とはどんな色だろう」「きれいごとしか言わない人たちをいっぱい憎んできた」
 
 親として、こどもに優しくも親切にもしたことがないのに、自分に何かをしてくれてと甘えてくる親がいます。こどもの心には憎しみが生まれます。

 それでも生きていくのが人間です。

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