2021年09月08日
大人は泣かないと思っていた 寺地はるな
大人は泣かないと思っていた 寺地はるな 集英社文庫
短編7本です。
「大人は泣かないと思っていた」
農協職員独身32歳時田翼、彼の父親78歳時田正雄(妻とは11年前に離婚)のふたり暮らしに、お隣に住む80歳田中絹江がからみます。
場所は、九州北部にある架空の地名で、田舎です。
時田翼のひとり語りです。
時田家の隣家に住む田中絹江が、時田宅の庭に生えているゆずの木の実をちぎって盗んでいくらしい。
(つづく)
読み終えました。
結婚して、最後まで夫婦として添い遂げることができなくて、離婚して、男と女は別れて生きる。
夫婦の間にできた子どもや孫がいて、夫婦は、離婚はしているものの、かれらの親や祖母が老いて、老いた親族をみなければならない介護の話が子や孫に飛んでくる。
人それぞれの人生ですが、夫婦として最後までたどりつけずに年老いて、老いてから流す涙はかなりつらい。とりかえしがつかない。
たまにぼんやり考えることがあります。結婚しなくて、子どもがいなくて、孫もいなくて、そんなふうに、としをとった人たちは、としをとって、どんな感想をもつのだろう。
なにかほかに、いちずに打ち込んだ道があった人もいるだろうし、そうでなかった人もいるだろう。ここまできたら、これでよかったとするしかない。この作品を読みながらそういうことまで考えました。
この作家さんの特徴は、女性的な男性を描くところにあります。時田翼の得意なことはお菓子づくりです。以前読んだ同作者の本として「水を縫う」がありました。男子高校生が裁縫をします。
自分の過去記憶とかぶる部分がありました。時田正雄もうちの父も九州男児です。むちゃくちゃなところがあります。まあ、昔はよくいた酒飲みおじさんですな。
物語では、小学生の時田翼がピアノを習いたいといいます。父親から「男なら剣道か柔道だ」と叱責が返ってきます。小学生のわたしは、そろばんを習いたいと父に申し出ました。父は、「柔道を習うなら行かせてやる」と答えました。わたしは怒れて、「もういい!」となにも習いに行きませんでした。塾というところには行ったことがありません。
物語は、時田翼の一人称ひとり語りで進行していきます。独特の雰囲気があります。
序破急の流れです。先は予想しにくい。
ガトーショコラ:チョコレートケーキ
「小柳さんと小柳さん」
どうもこの短編集は、つながりがあるようです。前作の「大人は泣かないと思っていた」に出てきていた小柳レモンさんが出てくるようです。(小柳レモンは本名です。戸籍名です)
一人称ひとり語りの方式で、今度は、語り手を小柳レモンさんに交代して物語は進みます。語り手を変えての事情説明です。登場人物各自がいろいろと事情をかかえています。
マドレーヌ:フランス発祥の焼き菓子。貝殻模様
読みながら頭に浮かんだこととして『あきらめる』ということ。
そして、自分が職業人だった頃は『スピード』に追われていたということ。すぐそばにあるささやかなことに気づけなかったということ。だからリタイアしたいまは、ゆっくりいくのだ。パターンを変えるのだと思っていること。
予定のルートをはずれると、その後の人生を生きるのは、けっこうつらい。
カトラリケース:スプーン、フォーク、ナイフなどを入れるケース。ファミリーレストランとかのテーブルの上にある。
クルー:船の乗務員。
「翼が無いなら跳ぶまでだ」
時田翼ではない登場人物の時田鉄也32歳のひとり語りが続きます。作者が、時田鉄也にのりうつってしゃべらせます。
結婚するかしないかの話です。32歳の時田鉄也が結婚したい相手の木原玲子が年上で35歳、さらにバツイチです。そこが、彼の両親がふたりの結婚に反対する理由になっています。
そこに同級生である小学生時代の時田翼の思い出が重なってきて、なかなか複雑です。
時田翼はいじめられていたけれど、いじめに負けて身を引く子どもではなかった。いじめられていてもまっすぐ前を向いていた。
時田翼は、お菓子づくりが趣味で女性的ではあるけれど、強い人間というイメージがあります。
時田翼は女性に優しい。職場の宴会で女性が酒席のお酌をして回ることが嫌いで、自分は出世して農協で部長になる。部長になって、男尊女卑の習慣を撤廃すると、同級生だった時田鉄也に強く主張します。
その後、どたばた騒ぎになるわけですが、なんというか、理屈で整理整とんできない人間関係があります。親子とか、恋人とかとの関係です。人間は感情の生きものです。
小さいといえば小さくてささやかな話なのですが、人間生活の基本の部分でもあります。
この短編集においては、男がいばって女に苦しみや悩みを押し付けることに抗議する魂が感じられます。
「あの子は花を摘まない」
白山広海のひとり語りです。彼女は、時田翼の母親です。離婚後、千夜子さんという人と若くない女性向けのファッションショップ㈱ベルを共同経営しています。
ペールブルーのスカーフ:水色のスカーフ
良かった文節として『夫は、気の小さい人だった。だからこそたくさんお酒を飲むし、すぐ怒鳴る』『女なんだからと言われる。女だから、なんだと言うの』
女性が読む小説です。(白山広海は、家を出たかった。それは、家族を捨てるということを意味した。当時、息子は高校生になっていた。現在は32歳独身息子と78歳元夫がふたり暮らしをしている)
ビジネスパートナーである千代子さんの言葉として『(離婚すれば)さっぱりするわよ』
『同棲の発展的解消』
『いろんな人を傷つけもしたし、迷惑をかけたもの。でも過去があっての、今のあたし』
「妥当じゃない」
この章の部分は、「名作」に値します(あたいします。価値がある)
ひとりの男をめぐってのふたりの女です。(おもしろい)ひとりは、結婚にあせる農協職員30歳の平野貴美恵で、この章のひとり語りを担当してくれます。ライバルは、小柳レモン22歳です。ただ、相手のカップルは、平野貴美恵をライバルとは思っていません。せつなさがあります。
「結婚」というものは、頭の中をからっぽにして、「なにがなんでもこの人と、絶対にいっしょになるんだ」と思い込まないとなかなかできません。若い頃にそう思ったことがあります。平野貴美恵さんは、これまでにあったチャンスをそう思い込めなかったから逸してきました。
以前、歳を重ねて未婚の人たちは、どんな感じなのだろうかと考えたことがあります。思いをめぐらせて、何歳になっても少年、少女の意識とか気持ちが残っているのだろうと考えました。いいとかわるいとかはありません。人それぞれの人生です。
知らない態(しらないてい):外から見て、知っているのに知らない状態をつくる。ていは、これまで「体」と書くものだと思い込んでいました。体も態も両方使用していいそうです。
平野貴美恵さんは、姉が離婚して、姉と小学一年生の甥(家業の跡取り息子)が実家に戻ってきたという事情で、両親から存在をうとまれ(遠ざけられる)、実家を出なければならない雰囲気に追い込まれています。だから平野貴美恵さんは「結婚」して、勝利宣言をするように実家を出たいのです。
平野貴美恵さんのひとり語りには、夢をみるような希望があります。男を(結婚相手としての)商品として品定めをします。
結婚するために結婚したい男性のこどもを妊娠するという手法を選ぶ女性もいます。
(ただ、それでは、生まれてくるこどもさんがかわいそうです)
「おれは外套(がいとう。オーバーコート)を脱げない」
今度は、時田鉄也の父親である時田義孝のひとり語りです。年齢は六十代ぐらいか。
タバコとアルコールとギャンブルは、お金を失う行為です。お金だけではなく健康を損ねることもあります。
すかしやがって:相手のご機嫌をとって、相手をこちらの思惑通りにさせる。
恐ろしい話です。時田義孝のことではありませんが、結婚式の披露宴でハプニングが起こる予感です。
とある女性が、恋敵(こいがたき。新婦)にそっと近づいて、(新婦と)ともだち関係になったのです。復讐するのか。女性の行為は徹底しています。
人生の終わりに近づいて、今までのオレの人生はなんだったのかとか、オレはこれまで何をしてきたのかという哀愁がただよっています。
奥さんの言葉がいい。『ねぇお父さん……長生き、しましょうよ』『あなた、今死んだら後悔するでしょう』時田義孝はタバコが原因で肺がんの宣告を受けそうなのです。死は案外近くにあるのです。
「君のために生まれてきたわけじゃない」
最後に読む短編です。
見事なラストシーンでした。
いつか映像化されるかもしれません。
肝心な部分を隠して読者に考えさせる手法の文章作品です。
全体を通してのメッセージは、家族の目的は『お互いが支え合いながら生きていくこと』です。
時田翼のアルコール依存症79歳の父親時田正雄が病院のベッドで寝ています。入院です。
本文の文章を借りれば『過度の飲酒は、…… リストカットと変わらない』
息子が何か食べたいものはないかと聞けば、父親からは「酒が飲みたい」という返事が返ってきます。
肝臓に腫瘍ができていて(たぶん癌でしょう)もう父親の命は短い。
『お前は遠くばっかり見過ぎる』と表現されるのが、時田翼の性格・個性です。
何もしない。何もしないでこの世から消えていく。何もしないということは、まわりに迷惑をかけないということ。
とりあえず、生きていればいい。
「親の面倒を見るために生まれてきたわけじゃない」いろいろあります。
登場人物がたくさんいて、これから続編がいくらでもできそうです。
短編7本です。
「大人は泣かないと思っていた」
農協職員独身32歳時田翼、彼の父親78歳時田正雄(妻とは11年前に離婚)のふたり暮らしに、お隣に住む80歳田中絹江がからみます。
場所は、九州北部にある架空の地名で、田舎です。
時田翼のひとり語りです。
時田家の隣家に住む田中絹江が、時田宅の庭に生えているゆずの木の実をちぎって盗んでいくらしい。
(つづく)
読み終えました。
結婚して、最後まで夫婦として添い遂げることができなくて、離婚して、男と女は別れて生きる。
夫婦の間にできた子どもや孫がいて、夫婦は、離婚はしているものの、かれらの親や祖母が老いて、老いた親族をみなければならない介護の話が子や孫に飛んでくる。
人それぞれの人生ですが、夫婦として最後までたどりつけずに年老いて、老いてから流す涙はかなりつらい。とりかえしがつかない。
たまにぼんやり考えることがあります。結婚しなくて、子どもがいなくて、孫もいなくて、そんなふうに、としをとった人たちは、としをとって、どんな感想をもつのだろう。
なにかほかに、いちずに打ち込んだ道があった人もいるだろうし、そうでなかった人もいるだろう。ここまできたら、これでよかったとするしかない。この作品を読みながらそういうことまで考えました。
この作家さんの特徴は、女性的な男性を描くところにあります。時田翼の得意なことはお菓子づくりです。以前読んだ同作者の本として「水を縫う」がありました。男子高校生が裁縫をします。
自分の過去記憶とかぶる部分がありました。時田正雄もうちの父も九州男児です。むちゃくちゃなところがあります。まあ、昔はよくいた酒飲みおじさんですな。
物語では、小学生の時田翼がピアノを習いたいといいます。父親から「男なら剣道か柔道だ」と叱責が返ってきます。小学生のわたしは、そろばんを習いたいと父に申し出ました。父は、「柔道を習うなら行かせてやる」と答えました。わたしは怒れて、「もういい!」となにも習いに行きませんでした。塾というところには行ったことがありません。
物語は、時田翼の一人称ひとり語りで進行していきます。独特の雰囲気があります。
序破急の流れです。先は予想しにくい。
ガトーショコラ:チョコレートケーキ
「小柳さんと小柳さん」
どうもこの短編集は、つながりがあるようです。前作の「大人は泣かないと思っていた」に出てきていた小柳レモンさんが出てくるようです。(小柳レモンは本名です。戸籍名です)
一人称ひとり語りの方式で、今度は、語り手を小柳レモンさんに交代して物語は進みます。語り手を変えての事情説明です。登場人物各自がいろいろと事情をかかえています。
マドレーヌ:フランス発祥の焼き菓子。貝殻模様
読みながら頭に浮かんだこととして『あきらめる』ということ。
そして、自分が職業人だった頃は『スピード』に追われていたということ。すぐそばにあるささやかなことに気づけなかったということ。だからリタイアしたいまは、ゆっくりいくのだ。パターンを変えるのだと思っていること。
予定のルートをはずれると、その後の人生を生きるのは、けっこうつらい。
カトラリケース:スプーン、フォーク、ナイフなどを入れるケース。ファミリーレストランとかのテーブルの上にある。
クルー:船の乗務員。
「翼が無いなら跳ぶまでだ」
時田翼ではない登場人物の時田鉄也32歳のひとり語りが続きます。作者が、時田鉄也にのりうつってしゃべらせます。
結婚するかしないかの話です。32歳の時田鉄也が結婚したい相手の木原玲子が年上で35歳、さらにバツイチです。そこが、彼の両親がふたりの結婚に反対する理由になっています。
そこに同級生である小学生時代の時田翼の思い出が重なってきて、なかなか複雑です。
時田翼はいじめられていたけれど、いじめに負けて身を引く子どもではなかった。いじめられていてもまっすぐ前を向いていた。
時田翼は、お菓子づくりが趣味で女性的ではあるけれど、強い人間というイメージがあります。
時田翼は女性に優しい。職場の宴会で女性が酒席のお酌をして回ることが嫌いで、自分は出世して農協で部長になる。部長になって、男尊女卑の習慣を撤廃すると、同級生だった時田鉄也に強く主張します。
その後、どたばた騒ぎになるわけですが、なんというか、理屈で整理整とんできない人間関係があります。親子とか、恋人とかとの関係です。人間は感情の生きものです。
小さいといえば小さくてささやかな話なのですが、人間生活の基本の部分でもあります。
この短編集においては、男がいばって女に苦しみや悩みを押し付けることに抗議する魂が感じられます。
「あの子は花を摘まない」
白山広海のひとり語りです。彼女は、時田翼の母親です。離婚後、千夜子さんという人と若くない女性向けのファッションショップ㈱ベルを共同経営しています。
ペールブルーのスカーフ:水色のスカーフ
良かった文節として『夫は、気の小さい人だった。だからこそたくさんお酒を飲むし、すぐ怒鳴る』『女なんだからと言われる。女だから、なんだと言うの』
女性が読む小説です。(白山広海は、家を出たかった。それは、家族を捨てるということを意味した。当時、息子は高校生になっていた。現在は32歳独身息子と78歳元夫がふたり暮らしをしている)
ビジネスパートナーである千代子さんの言葉として『(離婚すれば)さっぱりするわよ』
『同棲の発展的解消』
『いろんな人を傷つけもしたし、迷惑をかけたもの。でも過去があっての、今のあたし』
「妥当じゃない」
この章の部分は、「名作」に値します(あたいします。価値がある)
ひとりの男をめぐってのふたりの女です。(おもしろい)ひとりは、結婚にあせる農協職員30歳の平野貴美恵で、この章のひとり語りを担当してくれます。ライバルは、小柳レモン22歳です。ただ、相手のカップルは、平野貴美恵をライバルとは思っていません。せつなさがあります。
「結婚」というものは、頭の中をからっぽにして、「なにがなんでもこの人と、絶対にいっしょになるんだ」と思い込まないとなかなかできません。若い頃にそう思ったことがあります。平野貴美恵さんは、これまでにあったチャンスをそう思い込めなかったから逸してきました。
以前、歳を重ねて未婚の人たちは、どんな感じなのだろうかと考えたことがあります。思いをめぐらせて、何歳になっても少年、少女の意識とか気持ちが残っているのだろうと考えました。いいとかわるいとかはありません。人それぞれの人生です。
知らない態(しらないてい):外から見て、知っているのに知らない状態をつくる。ていは、これまで「体」と書くものだと思い込んでいました。体も態も両方使用していいそうです。
平野貴美恵さんは、姉が離婚して、姉と小学一年生の甥(家業の跡取り息子)が実家に戻ってきたという事情で、両親から存在をうとまれ(遠ざけられる)、実家を出なければならない雰囲気に追い込まれています。だから平野貴美恵さんは「結婚」して、勝利宣言をするように実家を出たいのです。
平野貴美恵さんのひとり語りには、夢をみるような希望があります。男を(結婚相手としての)商品として品定めをします。
結婚するために結婚したい男性のこどもを妊娠するという手法を選ぶ女性もいます。
(ただ、それでは、生まれてくるこどもさんがかわいそうです)
「おれは外套(がいとう。オーバーコート)を脱げない」
今度は、時田鉄也の父親である時田義孝のひとり語りです。年齢は六十代ぐらいか。
タバコとアルコールとギャンブルは、お金を失う行為です。お金だけではなく健康を損ねることもあります。
すかしやがって:相手のご機嫌をとって、相手をこちらの思惑通りにさせる。
恐ろしい話です。時田義孝のことではありませんが、結婚式の披露宴でハプニングが起こる予感です。
とある女性が、恋敵(こいがたき。新婦)にそっと近づいて、(新婦と)ともだち関係になったのです。復讐するのか。女性の行為は徹底しています。
人生の終わりに近づいて、今までのオレの人生はなんだったのかとか、オレはこれまで何をしてきたのかという哀愁がただよっています。
奥さんの言葉がいい。『ねぇお父さん……長生き、しましょうよ』『あなた、今死んだら後悔するでしょう』時田義孝はタバコが原因で肺がんの宣告を受けそうなのです。死は案外近くにあるのです。
「君のために生まれてきたわけじゃない」
最後に読む短編です。
見事なラストシーンでした。
いつか映像化されるかもしれません。
肝心な部分を隠して読者に考えさせる手法の文章作品です。
全体を通してのメッセージは、家族の目的は『お互いが支え合いながら生きていくこと』です。
時田翼のアルコール依存症79歳の父親時田正雄が病院のベッドで寝ています。入院です。
本文の文章を借りれば『過度の飲酒は、…… リストカットと変わらない』
息子が何か食べたいものはないかと聞けば、父親からは「酒が飲みたい」という返事が返ってきます。
肝臓に腫瘍ができていて(たぶん癌でしょう)もう父親の命は短い。
『お前は遠くばっかり見過ぎる』と表現されるのが、時田翼の性格・個性です。
何もしない。何もしないでこの世から消えていく。何もしないということは、まわりに迷惑をかけないということ。
とりあえず、生きていればいい。
「親の面倒を見るために生まれてきたわけじゃない」いろいろあります。
登場人物がたくさんいて、これから続編がいくらでもできそうです。
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