2021年08月30日

大きい1年生と小さな2年生 古田足日(ふるた・たるひ)

大きい1年生と小さな2年生 古田足日(ふるた・たるひ)・作 中山正美・絵 偕成社

 1970年(昭和45年)の作品で、もう50年ぐらい前の作品ですが、よく読まれています。
 ただし、自分が読むのは初めてです。
 小学生のころって、たしかに、背丈(せたけ)にこだわりがありました。
 背は成長するにつれて伸びて、最終的には、背の高い、低いは人生においてあまり関係ないことがわかるのですが、そのことに気づくまでは悩んだりもします。

 作者はすでに亡くなっています。古田足日さん(ふるた・たるひさん。なかなかすんなり読めないお名前です。男性)1927年(昭和2年)-2014年(平成26年)86歳没 児童文学作家 評論家
 
 大きい1年生が、おがわまさやです。小学3年生ぐらいの体格があります。おがわまさやは、体は大きいけれど気が小さくて怖がりぃです。学校へ行く途中に通る暗い坂道をひとりで歩けません。(あとで出てくるのですが、「おがわまさやを泣かしてあそぶ」のです。同じクラスのみどりにいじめられたり、かずおと、たけひこが、おがわまさやを追いかけ回しておがわまさやを泣かしたりして遊ぶのです。ひどい)
 小さな2年生が、みずむらあきよです。背が低いことで悩んでいます。背は低いけれど、おがわまさやより上級生なので、暗い道をこわがる1年生のおがわまさやの手を引いて学校へ向かいます。姉さん女房のようです。
 みずむらあきよの同級生のともだちが、ふじおかまり子です。団地で暮らしています。
 もうひとりの2年生の同級生が、やよいで、やよいには、1年生の妹みどりがいます。

 小学校低学年なのに、体が大きなこどもはたまにいます。まだ自分が若かったころ、近所に住むこどもたちと夏にキャンプに行って、巨体の小学生低学年男の子といっしょにバンガローで寝ました。
 夜中に「おかあさーん」といって、わたしのおなかの上にのってきたので重たかった。いまごろどこで何をしているのだろう。もう三十歳を過ぎているぐらいだと思います。
 
 物語は、1970年ころの時代背景です。当時の日本にはまだ豊かな自然がたくさん残っていました。本に出てくるのは、大イヌフグリ(道ばたで見られる雑草。オオバコ科)、ホトケノザ(春の七草。本では、濃い桃色の花)、麦畑、シバ畑(芝生の芝?あるいは雑草)、ネギ畑があります。
 このころまだ自家用車は普及しておらず、車も少なかった記憶です。いちおう、物語の舞台は東京になっていますが、絵地図は田舎風景です。自家用車が社会全体にゆきわたってきたのは、1980年代初めの記憶です。

 本に書いてある文章を読みながらふと思い浮かべたことです。自分の両親は親をやれるような人ではなかったのだなあと。ぶっそうな話ですが、そのおかげで自立心が強くなって、自分のことは自分でがんばってやれるようになりました。
 昔の親はそういう人が多かった。いわゆる放任主義です。戦前・戦中に生れた親世代は、女性が産むこどもの数が多かったので、親の手がこどもひとりひとりにまでいきとどかなかったから、いざ、多人数兄弟姉妹だった自分たちが親になった時に、子育てのノウハウがわからなかった。
 そのこどもであったわたしたちの世代は、集落に、自然発生的なちっちゃな子から大きい子までの、こどもの集団組織があったので、その中で育ったから親の手をわずらわせなかった。

 お話に戻って、1年生のおがわまさやは、黒くてカーカーなくカラスがこわいそうです。
 ああ、この当時は、登校のための登校班というのは少なかった。自分は転校を繰り返しながら、いくつかの小学校に通いましたが、登校班があったのは、栃木県の小学校に通ったときだけでした。あとは、ひとりで自由登校でした。だから低学年のころは学校に行くふりをして川や山に遊びに行って、知らん顔をして帰宅していたこともあります。まあ、家の加入電話も普及していない時代だったので、学校の出欠確認も厳格ではありませんでした。今思えば事件や事故に巻き込まれなくて良かった。治安が良く、運にも恵まれていたのでしょう。

 伏線がひとつ落としてあります。『新一年生歓迎会で、2年生の背が低いみずむらあきよが、背の高さが3年生ぐらいあるおがわまさやにプレゼントした、紙でつくった大きなレイ(首に下げる飾り)』です。このレイが、さきざき、おがわまさやの心の支えになってくれます。

 みずむらあきよの責任感が強い。みずむらあきよから見て、1年生のおがわまさやは、自分より背が高くて体が大きいけれど、頭の中は、2年生の自分のほうがしっかりしている。みずむらあきよは、おがわまさやを自分の弟のようにかわいがります。みずむらあきよには、親切で優しい心もちがあります。

 物語は、小学生のお話ですが、読んでいるうちにふと、中学校での出来事が思い出されました。中学に入学してまもなく、突然死のような病死で父親を亡くしたため、中学校も転校を繰り返して、三校の中学校に通いました。そのうちのひとつの中学校では、中間テストとか期末テストの成績を廊下の壁に張り出していました。順位と点数と氏名です。長い巻物のような紙がずーっと続いて廊下の壁に貼られていました。今思うとずいぶん非人間的な行為ですが、当時はなんとも思われていませんでした。

 物語では、小さな2年生みずむらあきよはかなり気が強い。相手が5年生の上級生でも突進して体当たりの頭突きをくらわせます。3年生の男子にも平手打ちを食らわせます。背が低いとか、チビだとばかにされると、激怒するみずむらあきよです。(体のことで相手をからかうことはやめたほうがいい。ずっーと、うらまれます)
 なんというか、やられたらやりかえす、いじめられたらやりかえす、叩かれたら叩き返す、教師は体罰をふるうという行為が繰り返される小中学校時代が確かにありました。
 学校は、仲良くするところだけではなく、負けてたまるかと競争するところでもありました。
 
 おとなになってから読んだ本で、第二次世界大戦後は、小中学校の教師の数が不足して、戦地から帰ってきた兵士だった人たちが教職にたくさんついた。その結果、軍隊という上下関係の厳しい制服職場、命令職場、絶対服従、鉄拳制裁などの環境が学校現場で再現されて、教師の体罰につながったと書いてあった記憶です。
 親も教師の体罰を容認していました。親や先生の言うことをきかないこどももたくさんいました。乱暴な面もありますが、日本が、元気が良くて活気があった時代です。

 おがわまさやは「しっかりしなさい」と言われますが、「しっかり」がどういう意味なのか、どういう状態なのかがわかりません。だから、しっかりしていると言われているみずむらあきよのようになろうとします。

 週番:小学校での上級生の見回り活動。一週間で交代しながら校舎内でトラブルが起きていないか見回って、トラブルがあれば対応する。「週番」と書かれた腕章を腕につけて回る。日本陸軍の軍隊で行われていた習慣です。

 小学生時代はまだ腕力で決着をつけられる世界ですが、法で裁かれる世界に移ると加害者は、自分の人生を束縛されることになります。

 おがわまさやは、そんなふうに体力勝負でがんばるみずむらあきよの手助けをしたい。だけど、気が弱いから前へ出ることができません。
 
 集団遊びのなかで人間であることを学んでいきます。
 今年読んで良かった一冊です。

 おがわまさやは自転車の練習を始めますが、うまく自転車に乗ることができません。

 原っぱ:むかしは、まちなかでも、原っぱがあちこちにありました。いまはもうなくなりました。こどもの遊び場が少なくなりました。原っぱで野球ごっこをする少年たちはもう見かけません。

 冒険です。ふじおかまり子が住む団地の4階の窓から見える森へいつかいってみる。
 
 ホタルブクロ:キキョウ科の多年草。つりがね草。つり鐘のような花が咲く。この本では、青紫色の花となっています。

 おがわまさやは、自分の役割を認識します。『ぼくがいなければ、ホタルブクロがとれなかった』

 アメリカ児童文学「トムソーヤの冒険」を読むようです。

 おがわまさやは、気は弱いけれど、気持ちは優しい。

 おがわまさやがつぶやく小言(こごと。文句。不平。不満)がおもしろい。「(自分はいつまでたってもおじいさんに自転車を買ってもらったお礼の)手紙を書けない。ひとりだけで学校に行けない。まんがばっかり読んでいる。自転車にも乗れない」
 なんというか、読みながら、未来を想像してしまうのです。この先、このままでは、なにも出来事がない人生になってしまいそうです。ただ、そういう人生もあります。学校を卒業して、働いて、歳をとって、人生を終える。人それぞれの人生です。

 小学1年生のおがわまさやは、おかあさんとうまくいかなくなって、家出することを決心しました。行き先は、おじいさんのところで、優しいおじいさんの家の子どもになるのです。
 おがわまさやは、手に35円をもって家を出ました。(いまどきは、キャッシュレス時代なので、バスもICカード乗車券です)
 どうもこの当時(1970年 昭和45年)は、10円でこどもがバスに乗れたようです。
 
 『ムギ畑の上をふいてくるかぜは、こやしのにおいがしていますが……』1965年(昭和40年過ぎころ)は、まだ有機肥料(人糞)を使用していました。

 『まさやのうちにはないカラーテレビだったので、……』この当時の一般家庭のテレビは白黒テレビでした。カラーテレビがあるのは、お金がある家と新しい物好きなおとうさんがいる家とお店などでした。

 『カルピス』特別なごちそう扱いの飲み物でした。

 『一り(いちり。一里)』4kmです。

 家出という行動をしている一年生のおがわまさやにとっては、道路を歩いて進みながら、何を見ても新発見があります。
 家出旅の目的は、いつのまにか、おじいさんの家へ行くことから、ちっちゃい2年生のみずむらあきよに、たくさんのホタルブクロ(つりがね草)の花をとって、プレゼントしたいというものに変わります。
 
 いまもむかしも通学路にはへんな人がいることがあります。ひとけのないところは要注意です。車が多いところでは交通事故にも気をつけなければなりません。小学生もたいへんです。

 目的地は、いっぽん杉がある森のむこうにあるホタルブクロののはらです。

 家出をしたおがわまさやが見つからないので、捜索隊が結成されました。隊員は、みずむらあきよ、ふじおかまりこ、おがわまさやの母親の三人で、自転車で出発しました。

 ネムの木:落葉広葉樹。

 『ぼくはつよくなったんだ』

 『成長』がありました。

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