2021年05月17日

自転しながら公転する 山本文緒

自転しながら公転する 山本文緒 新潮社

 58ページあたりを読み終えたところで感想を書き始めてみます。全体で、478ページある作品です。
 男性の自分が読むのには場違いかなと感じながら読んでいます。恋愛小説のようです。
 冒頭は、ベトナムでベトナムの恋人と結婚式を挙げる直前シーンから始まります。その後、過去の出来事にシーンは移ります。世界的に、地球規模で動くから、自分が自転しながら、太陽のまわりを公転するという意味合いのタイトルに思えます。

 主人公は、与野都さん32歳で、茨城県牛久市(うしくし)にあるショッピングモールのアパレルショップ(おしゃれ衣料品店)「トリュフ」で店員をしています。彼女は、同じショッピングモール内にある回転寿司屋で働いている羽島貫一と付き合い始めます。(彼はあとで年齢30歳の年下だと判明します)
 与野都さんは、美人ではない。ファニーフェイスだそうです。(個性的で魅力的な顔立ち)丸顔、離れた目、小さい鼻は上を向いている。そばかすあり。だけど、可愛くないわけではない。前の彼氏はひとまわり年上だった。
 与野都さんの母親は更年期障害で少々うつ気味で体調が悪いという事情をかかえています。更年期障害なのでホルモンの話が出てきます。女性ホルモン、男性ホルモン。
 ベトナムの話はまだ出てきません。

 女子卓球部員だったときの仲間との飲み会があります。恋愛、既婚・未婚、共働き、そんな、女子の世界です。
 小島そよか:一つ年下の小学校から高校まで一緒の幼なじみ。与野都と同じ団地に住んで家族ぐるみの交流があった。(あとでわかりますが、五歳年上のバツイチの男性と付き合っている)文具メーカーの営業職。
 絵里:飲み会の幹事役

 コロニアルスタイルの中庭:植民地様式。建築様式。植民地を管轄する本国の様式の模倣
 ホーチミン:ベトナム戦争時の南ベトナムのサイゴン
 ソイラテ:豆乳を使ったコーヒー飲料
 ギャザー:布のひだ。
 フランネル:柔らかい毛織物
 ツイード:イギリス、スコットランドの毛織物
 ジレ:ベスト、チョッキ
 ニットレギンス:下半身を包むようにはくもの。ニットは編み物。
 ファアアイル模様:古典的な柄。イギリススコットランド発祥。
 レッグウォーマー:ぶ厚い靴下
 アンクルブーツ:足首からくるぶし程度の浅いブーツ
 森ガール:森にいそうな女の子(空想)をイメージしたファッション。ゆるい。ふわっとしている。
 不定愁訴(ふていしゅうそ):原因がわからない体調不良

 ベトナムの暮らしを表す良かった表現の趣旨として、「おしゃれなんかしないで、化粧なんかしないで、こういうところで働いて、こういうものを食べて日々暮らしたい。(日本の)ちょっとでもしくじったら、揚げ足をとってくる。顔だけは笑っている狭量な人々に囲まれて生活する感じ……」

 金色夜叉(こんじきやしゃ):尾崎紅葉の新聞連載小説。1897年(明治30年)-1902年(明治35年)貫一とお宮の恋愛話。

 マーチャンダイザー:商品の合理的な流通管理を担当する職

 ベトナム人筑波大学留学生回転寿し店でアルバイトをしている「ニャンくん」この恋愛物語の鍵を握る人物になりそうです。ニャンくんのお兄さんが近くでベトナム料理店「ホイアンカフェ」を経営しています。ニャンくんの実家はベトナムではお金持ちらしい。

 バインセオ:ベトナム家庭料理。ベトナム風お好み焼き。
 コンサバ服:保守的な服装。お嬢さまスタイル。

 洋服業の内輪の話なので、研修材料のようです。衣類に興味がある人には楽しいお話でしょう。

 尾崎紅葉作品「金色夜叉(こんじきやしゃ)」の登場人物貫一お宮のことがたびたび出てくるので、このお話に関連がもたせてあるかもしれません。恋愛中の裏切りです。

 74ページに羽島貫一の言葉として「そうか、自転しながら公転してるんだな」が出てきます。天の川銀河(あまのがわぎんが)には2千億個もの恒星(自ら光るガス体)があるそうです。びっくりしました。

 柏(かしわ):千葉県柏市のこと。
 ガウチョ:南米の民族。ファッションでは、ガウチョパンツ。すその広がったゆったりした短めのパンツ。

 正直言って、読んでいて、与野都の生活はだらしないと感じます。羽島貫一との交際は、なんとかごっこみたいなもので、中身がありません。異性がアクセサリーのような存在です。生活にめりはりがなく流されています。
 与野都は、真剣に働いているとも思えず、仕事ぶりもいまいちな感じがすると読んでいたら、新しい上司の男性東馬(とうま)さんから仕事のことで、厳しい指摘が出ました。当然だと思いました。

 プルオーバー:あたまからかぶる服
 アウトレット店:メーカー品、高級ブランド品を低価格で提供する。
 プロパー店:値引きしない店。
 ロシアンセーブル:ロシアでとれる高級毛皮。動物は「黒テン」
 
 親の介護をこどもに押し付けられてもこどもは困るような気がします。(この件は後半に改善されます)

 秀逸な文章が続きます。要旨として「仕事にも行きたくないし、家にも帰りたくない。新しい恋人は優しくないわけではないが、何も考えていなさそうだ。父親がいうには未来の無い男だ。(その後、恋人の男は職を解雇され、中卒で無職の立場になります。ヤンキー経験者で、年上女性志向の甘えん坊に見えます)」されど「(だれかと)結婚はしたい。そうしないと両親が死んだあと兄弟姉妹のいない自分はひとりで年老いていくことになる」

 職場の上司やバイトの悪口を書く匿名の社員のブログがあります。
 シニカル:相手を馬鹿にした冷笑、皮肉

 プレス:服飾業界の広報・宣伝担当

 与野都さん三十二歳独身(母親がメンタルの病気っぽい、父親が不機嫌。恋人は飾りのようなもの)の一人称ひとり語りで、彼女の心情が読み手の心に迫るように綴られて(つづられて)います。
 読んでいて、なんだかせつなく、わびしくなってくる彼女の暮らしぶりがあります。
 
 シフォン:スポンジケーキ

 こんどは、作家が主人公与野都さんの母親与野桃枝さんにのりうつるようにひとり語りを始めました。与野桃枝さんは、更年期障害でうつ的な気分に苦しんでいます。
 胸にズキンとくるフレーズが続きます。「(結婚前の夫の態度が)どことなく偉そうなのは、自信のなさの裏返し…… 圧迫してくるくせに甘えてくる」「この人ではない人と結婚したかった……」「(小学校のPTAで知り合った樫山時子は)べつに友達じゃない」
 
 ボルテージが上がる:熱気が高まる
 ホットフラッシュ:更年期障害の症状。上半身ののぼせ、ほてり、発汗
 カトラリー:食卓の時のナイフ、フォーク、スプーンなどの一式
 
 与野さんの家の三人家族はお互いにいろいろと隠し事がありそうです。隠し事をするとお互いに苦しくなります。小説になります。

 ふだん表面には見えないけれど、どこの家でもなにかしらうまくいかないことを抱えています。そんなことをあぶりだす小説です。好き嫌いが分かれるかもしれません。

 オーベルジュ:土地の食材を使った料理を提供してくれる宿泊施設
 寛ぐ:くつろぐ

 羽島貫一が震災ボランティアをしていたと自分の人間性の良さを強調するけれど、それは自己申告であり、内容がともなっていたものかどうかの事実はわかりません。
 羽島貫一はなぜよく寝るのだろう。なにか理由があるはずです。病気かもしれません。
 
 ベトナム戦争のことを知らない世代が増えました。1965年(昭和40年)~1975年(昭和50年)
 ベトナム人留学生のニャン君は、なかなかいいことを言います。「経験はお金では買えない……」
 土浦市:茨城県。人口約14万人。湖である霞ヶ浦の西部に位置する。
 
 ローストチキンのパテ:肉を細かく刻んで、ペースト状、ムース状に練り上げたフランス料理

 男から見ると、羽島貫一(三十歳)は、結婚にあせっている年上女性(三十三歳になった)与野都を自分にとって都合のいい女性というような扱いで、もてあそんでいるようにしか見えません。彼には結婚する気持ちはないでしょう。彼は結婚するなら若い女性を選ぶでしょう。
 けっこうきつい面がある小説です。
 無職でお金がないのに、ひと箱460円のたばこを吸う羽島貫一は、優しくておもしろい人かもしれませんが、生活能力が低い男性です。彼と結婚していっしょに暮らすのはしんどい。いっしょになれば苦労を伴います。

 刹那的(せつなてき):あと先のことを考えない。今、この瞬間が良ければそれでいい。
 葛根湯(かっこんとう):漢方薬。くずの根などが入っている。
 忌憚のない(きたんのない)意見:相手を怒らせてしまう失礼に当たるかもしれないが、(いいものをつくるために)遠慮のない意見
 料簡(りょうけん)が狭い:考え。思慮。
 下種:げす。心の根っこが卑しい(いやしい。下品。劣る(おとる))
 
 戸籍をいっしょにしない結婚とか、こどもをつくらない結婚の話がでます。いっときはいいと思いますが、人間はだんだん老いてきます。状況が変化してきます。いつまでも若いままではいられません。それでもいいのならとめませんが、やはり、法令に守られて暮らしていかないと幸せを身近に感じられなくなりそうです。

 与野都さんの友人女性のすごい発言が飛び出しました。「相手を取り替えるべきだと私も思います」

 なかなかいい文節が続きます。「公園はなんかー、意識高い系のママばっかで、うるせーんですね」「下にいて、上の人にあれこれ文句を言うのは得意でも、(自分が上の立場になるとボロボロになるというくだり)」「お洒落(おしゃれ)な人は狭量(きょうりょう。人を受け入れる心が狭い。同様に、グルメの人も狭量)」「他人の気持ちがわからない人なのに、外見だけは優れている」「蘊蓄(うんちく)うざい」どれもこれも素敵です。

 小説の舞台に出てくる静岡県の熱海には長い人生の間で年齢を変えながら何度か訪れたことがあるのでなつかしい。

 契約社員:期間限定の非正規雇用
 ナチュラル系の服:柔らかく、優しく、ふんわり、女性らしい、自然にとけこむような。
 問い質される:といただされる。疑問・不審なことを納得するまで質問される。真実を言わせるために厳しく追及する。
 拘る:こだわる。
 おためごかし:人のためにするようにみせかけて、実は自分の利益のためにすること。偽りの親切。
 拝金主義:はいきんしゅぎ。お金がこの世で最高のものとして崇拝すること。
 怯んだ:ひるんだ。
 原理主義:基本的な原理・原則を守ろうと努力する考え方・姿勢・態度
 獰猛:どうもう。
 
 最近は、セクハラに厳しい世の中になってよかった。昔はひどかった。
 
 やっぱりなあという気分になった312ページ付近です。あたりまえのことをあたりまえにやらないと組織は崩壊します。

 セクハラをする人は、生まれながらに脳にそういうことをしたいという性的な性質をもっていて治らないからセクハラ行為を繰り返す。やっかいなのは、成績優秀で権力を握っている人にもそういう人がいて、その人に人事権のようなものを握られている人間は逆らいにくい(さからいにくい)。逆手(さかて)をとって、その人を嵌める(はめる。計略にかける)という行為で、自分が利益を得るために相手を脅迫することができてしまうということもある。そんなこんなを小説やドラマの素材にすることができます。

 一般的に、長い人生を送ってきて、人が人生を振り返って思うことがあります。人生において、いらなかったかなあと思うものです。「生命保険の保険料」「アルコールとニコチン」そして「学歴」です。この小説では、「学歴」にこだわりがあります。昔の人は中卒の人が多かった。地方出身者は、中学を出て都会に来て、住み込みで働いて、就労先で疑似家族のようにして技術を身につける修行をしました。学歴はなくても何十年と同じ仕事をして、働き続けて財産をつくりました。
 なぜ中卒の羽島貫一がこの本のタイトル「自転しながら公転する」のうんちくをしゃべることができるのか疑問でしたが、後半でその理由が判明します。

 女性が職場で生き抜くための勇気を湧き出す小説です。本音で生々しい真剣な激論が続くことが、この小説の特徴です。

 羽島貫一は、優柔不断で、自分で決心して意思表示をしようとしない男です。相手に物事の結論を出してもらうように誘導して、自分の責任を回避しようとする手段をとる男です。

 なんだか離婚を決断したときのような女性の言葉が出ます。「この人がいなくなっても生きていける!」
 天啓(てんけい):天の導き、神の教え。
 連帯:共通目標を互いに認識して、つながって目標達成のために行動していく。
 諍い:いさかい。
 憐れまれる:あわれまれる。かわいそうにと思われる。
 
 ベトナム人ニャン君とのことは、なにか夢のようなお話です。
 お金の力、外国人に負けている日本人の今の財力、物語全体が「貫一・お宮」のお金がらみの話だったのか。(お宮は、婚約者である貫一を捨てて富豪に嫁ぐ)
 与野都さんは、また、ニャン君にいいように利用されているように見えます。彼は与野都さんの可愛らしい外見と大きな胸が好きなだけです。日本人と結婚して、日本人とのパイプをつくって、自分の仕事に生かしたいだけです。
 日本人は年齢よりも外見が若く見えます。世の中は誤解ばかりで、誤解で成立していることもあります。
 三十代なかば独身女性のみじめさが表面に出てしまいました。
 「恋愛しないと時間ってあるね」いい文節です。
 
 ペペロンチーノ:イタリア料理。パスタ。

 なんだか方向が違うほうにいっているような気がして読んでいましたが、いや、最初からの計画通りの展開だとわかりました。
 読みながらぼんやり考えたことです。『(勉強とかスポーツとか技術とか)できる人はできない人の気持ちがわからない。自分ができることは人もできるはずだと勘違いしてしまう』
 与野都さんの素直な気持ちとして「自分には人の痛みに寄り添う気持ちが欠けているのかもしれない」
 
 舞台として出てくる広島には何度か行ったことがあるので、読みながら風景が目に浮かびます。
 災害ボランティアという言葉は、昔は聞いたことがありませんでした。1995年の阪神淡路大震災からのような気がします。
 読んでいて、先日観た日本映画『浅田家』で、津波で被災された方たちが残されたアルバム写真を洗うシーンを思い出します。
 ハウスマヌカン:商品を着て店頭に立つ販売員
 ふつう、保険証は持ち歩くものだと思います。

 山葵:わさび

 エピローグの最初はわかりにくかった。
 小説は、不思議な終わりかたをしました。
 「今どきの子はお試し期間を設けて急には結婚しないものなんじゃないの?」(そうなのか)
 煌びやか:きらびやか。

 ツッコミどころは多いのですが、なかなか読みごたえのあるいい小説でした。今年読んで良かった一冊です。

(その後)
 たまたまこの本とは関連がないものを探していたら、偶然、貫一お宮の像と松の木の写真が出てきました。もうこの写真があることも忘れていました。撮影したのは30年ぐらい前です。




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