2021年03月05日

三島由紀夫レター教室 三島由紀夫

三島由紀夫レター教室 三島由紀夫 ちくま文庫

 1968年刊行の本です。
 ご本人は、この本の刊行の二年後、1970年に45歳で亡くなっています。こどものころにテレビニュースで見ました。自衛隊にクーデター(軍事力による政権移動)を呼びかけましたがうまくいかず割腹自決されています。
 この本を読み始めましたが、とてもそのようなことをするような人の文章には思えません。
 まず読みやすい。五人の人物がこれから手紙を書いていって、全体で物語が完成する仕組みのようです。
 登場人物のモデルがいたのかも。表現がマンガみたいです。『英語のしゃべりすぎで、口を三角にあけたり、四角にあけたり、とにかく口をあけすぎる』という、うまい表現があります。
(A)として、氷ママ子(こおり・ままこ) 45歳 太っている。元美人とあります。三年間の米国暮らし体験あり。未亡人。長男が大学生、次男が高校生。英語塾を自営しています。
(B)として、山トビ夫(やま・とびお) 45歳 背が低くやせていて、鼻の下にチョビヒゲを生やしている。氷ママ子の友人。服飾デザイナー。鹿児島県出身。妻あり。
(C)として、空ミツ子(から・みつこ) 20歳 小柄で大きな目。氷ママ子の英語塾の生徒だった。氷ママ子と交流あり。商事会社勤務
(D)として、炎タケル(ほのお・たける) 23歳 芝居の勉強をしている。演出担当。エレベーター係アルバイトをしている。
(E)として、丸トラ一(まる・とらいち) 25歳 まるまる太っている。空ミツ子のいとこ。大学を三年留年している。空想家

 五人の共通点として「筆まめ(手紙や文章をまめに書くこと)」

「古風なラブレター」
 手紙というのはこわい。証拠が残ります。
 銀行の支店長が英会話塾の運営資金を借りに来た氷ママ子さんに恋文を出します。
 感服した文章として、
 『この支店長に、男としての魅力も感じることができません』
 『五十歳にもなれば、人生は、性欲とお金だけで……』
 『このラブ・レターには、あなたの肉体への賛美の言葉がひとつもない』
 調べた言葉として、
 欣快(きんかい):非常に嬉しい。
 エディプス・コンプレックス:男子が母親に性愛感情をいだき父親に嫉妬心をもつこと。

「有名人へのファン・レター」
 ファン・レターの代筆を頼まれた演出家の卵である炎タケル23歳です。
 目についた文節として『ぜんぜん感激しちゃいました』昭和43年ごろのこの当時に『ぜんぜん』が肯定の意味で使われているのは驚きです。むかし、『ぜんぜん』は否定の意味で使われていました。
 調べた言葉などとして、
 インテリ:知識人、知識階級
 哄笑(こうしょう):大口を開けて笑うこと
 
「肉体的な愛の申し込み」
 女性の肉体に対するすごい観察力と文章による描写力の発揮があります。
 読んでいると、ひとりの作家が五人を演じているわけで、多重人格でないと書けない苦しさがあるように思えます。
 調べた言葉などとして、
 ブルジョア(本作品では多用されています):裕福な人
 おはなさん:1966年のNHK朝ドラ第6作
 各気(かくき、かっき、きゃっき):物事にはやる心
 海容(かいよう):海のように広い心で、相手の過ちや無礼を許す。
 山谷(さんや):東京都台東区北東部にあった地域。日雇い労働者や簡易宿泊所が多かった。

「処女でないことを打ちあける手紙」
  気に入った文章として『夜がシンシンと更けて(ふけて)くると、猫はますます猫的になります。』

「同性への愛の告白」
 大川点助なる同性愛者が登場します。少し禿げ(はげ)た肥満体の中年男性です。テレビに出ていて役者が仕事のようです。役柄は三枚目です。(お笑い担当ということ)
 最初のページからここまで読んできて、手紙というものは、偽善(ぎぜん。見せかけ)の世界だと感じたのです。詐欺的でもあります。
 ナルシズム:自己愛

「愛を裏切った男への脅迫状」
 調べた言葉として、
 燕(つばめ):年上の女性の愛人になっている若い男

「出産の通知」
 読んでいると、人間ってなんなのだろうという思いが押し寄せてきます。死ぬまで生きていくのが人間なのでしょう。
 1960年代、昭和40年代初めですから、カラーテレビが欲しいという話が何度も出てきます。今、カラーテレビを欲しいという人はいないでしょう。当時はまだ白黒テレビが主流でした。

「招待を断る手紙」
 調べた言葉として、
 愧じる(はじる):恥ずかしく思う。恥じると同じ意味のようです。

「結婚申し込みの手紙」
 炎タケルは23歳演出家の卵で、エレベーター係のアルバイトをしている(1960年代後半で、エレベーターガールという担当の女性はいましたが、男性でエレベーター係というのはどういう仕事なのかはわたしにはわかりません)彼が、空ミツ子(から・みつこ)20歳小柄で大きな目をしている商事会社勤務に結婚を申し込む手紙です。
 彼の手紙の内容は不十分です。愛情の源が肉体的な結びつきがポイントになっています。勝手です。相手の人格にほれたわけではありません。
 これに対して、空ミツ子の返事はやはり冷淡です。冷淡ですが上手です。『相手の気持ちなどかまっていないところが、とてもステキでした』と返します。
 さらに『あなたには、結婚生活のための時間がまだぜんぜんないのね』現在でも使える文章表現として『NOでないことは、もうたしかです。でもまだYESになるには距離があります』とりあえず結婚相手のひとりとしてキープしておきます。

「恋敵を中傷する手紙」
 恋敵(こいがたき):恋の競争相手。ひとりの人に複数の人がほれている。
 中傷(ちゅうしょう):根拠のないことで他人の人格を傷つける。

 45歳妻ありの山トビ夫(ネコキチガイの中年の金持デザイナーとあります)が20歳の空ミツ子(から・みつこ)の異性関係に関して嫉妬する内容です。怒られるかもしれませんがちょっと変態っぽい。山トビ夫にしてももうひとりの若い男にしても目的は空ミツ子の若い体です。
 オセロのイヤゴー:シェイクスピア劇オセロに出てくる。悪い計画をたくらむ人物

「心中を誘う手紙」
 心中(しんじゅう):この話の場合、恋愛関係がある男女が一緒に自殺する。ほかの例としては一家心中がある。
 心中を誘う怖い手紙です。
 手紙を受け取った相手は、一笑に付して、一蹴しています。(笑って相手にせず、はねつけています)
 興味索然(きょうみさくぜん):おもしろくないようす

「旅先からの手紙」
 コケットリー:女性のなまめかしい物腰。色っぽさ
 シック:上品で洗練されている。
 
「年賀状の中へ不吉な手紙」
 糖衣(とうい):薬剤の外側を飲みやすくするために糖分でおおう。
 田中彰治:この部分の文章では、この世の悪の根源とされています。
 邪慳(じゃけん):相手に冷たくして恥をかかせる。
 寒心:ぞっとする。
 美空ひばりさんのお名前が出てきました。なつかしい。
 推理小説を読むようなトリックが仕掛けられていました。

「英文の手紙を書くコツ」
 英語や言葉の学習書のようでした。

「真相をあばく探偵の手紙」
 極楽蜻蛉(ごくらくとんぼ):楽天的でのんきな人間をばかにする言葉

「探偵解決編の手紙」
 狭い世界の話です。
 だんだん内容がつまらなくなってきました。

「病人へのお見舞い状」
 とくに感想は浮かびません。

「妊娠を知らせる手紙」
 空ミツ子(から・みつこ)20歳商事会社勤務が妊娠しました。だれのこどもだろう。
 炎タケル23歳のこどもでした。
 駅前の産婦人科にとっては、未婚の女性の妊娠話はたまにあることなのでしょう。
 結婚が、美しく、すばらしく、新鮮なものというような表現がありますが、そういう瞬間は短い。

「妊娠を知った男の愛の手紙」
 お互いのかっこ悪いところを見せながら妥協点を見つけて暮らしいくのが結婚です。
 できちゃった婚は、こどもにとっては迷惑な話です。
 ただ、祖父母になる者にとっては、どういう形でも孫は可愛い。

「陰謀を打ち明ける手紙」
 45歳の未亡人女性が、23歳の芝居好きな貧しい若者に恋をするだろうか。ありえないことではないのかもしれませんが一般的には設定が苦しい。
 大時代(おおじだい):古めかしくて、おおげさで、時代遅れなこと

「余計な世話をやいた手紙」
 とくに感想はありません。

「裏切られた女の激怒の手紙」
 読みながら思ったことです。
 ある人にとってのハッピーエンドは、別の人にとっては、アンハッピーなこと。
 幸せとは、だれかの犠牲の上にあるもの。
 良かった文節として、「私は別に腹もたたないし、その代わり、あやまりもしませんよ」
 男女関係においての嫉妬(しっと。三角関係。自分の愛する人が自分以外の人と結ばれることをねたんだり、うらんだり、憎んだりすること)があります。
 衝撃を受ける部分として、上流気どり、社交夫人気どりの、英会話ババアに惚れたというくだり。

「閑(ひま)な人の閑な手紙」
 紅衛兵(こうえいへい):毛沢東によって動員された学生運動。中国の青年、学生の組織。文化大革命時期(1966-1976中国内の権力闘争)
 アメリカ大統領ケネディ暗殺事件:ジョン・F・ケネディ1963年11月22日テキサス州ダラスにて発生46歳没)
 中共(ちゅうきょう):中華人民共和国をさす言葉

「結婚と新婚を告げる手紙」
 作品中に、作者の三島由紀夫氏の名前がファシストとして出てきたのでびっくりしました。自分で自分のことをそう書いておられます。
 ファシスト:暴力を肯定する独裁的な権力者。議会制民主主義を否定する。
 手紙は、過去の歴史書を読むようです。

「すべてをあきらめた女の手紙」
 ベトナム戦争:1955年-1975年。北ベトナム(ソ連、中国ほかの社会主義・共産主義国家が支援)対南ベトナム(米国ほかの資本主義・自由主義国家が支援)北ベトナムが勝利した。

「家庭のゴタゴタをこぼす手紙」
 山トビ夫45歳は妻がいるのに未亡人の氷ママ子45歳に愛情を抱き始めます。山トビ夫の妻はそれに気づきますが平然とふんぞりかえっています。夫とはもらうものをしっかりもらってから別れるつもりのようです。いろいろと壊れていくものがあります。

「離婚騒動をめぐる手紙」
 おもしろい終わり方をする手紙です。人の気持ちとは、確定しにくいものです。

「悪男悪女の仲なおりの手紙」
 ソフィスティケ―テッド:都会的な。洗練されている。

「作者から読者への手紙」
 昭和40年代(1970年代はじめぐらい)のテレビドラマのような内容です。
 「手紙」についてあれこれ解釈が述べられています。
 そこの記述から50年ぐらいの年月が流れて現在があります。電子メールや各種アプリケーションソフトが出てきて、紙に手書きの手紙は少なくなりました。
 心を搏つ:読みは、こころをうつ。
 それでも、気持ちをしっかり伝えたいときは、うんうんうなりながら手書きの手紙をていねいに仕上げて相手に届けるのでしょう。

<群ようこさんの解説部分>
 この作品を示す印象的な文節として「あなたたち女性という存在は、……、こんな嫌らしい部分をもっているんですよ」

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