2021年02月09日

(再鑑賞)シンドラーのリスト

(再鑑賞)シンドラーのリスト アメリカ映画DVD 1994年日本公開

 第二次世界大戦中の東欧にあったゲットー(ユダヤ人を集めた区域)のことを知る日本人の数は少ないと思います。
 途中、白黒映像の中で、そこだけ赤い色の服を着た少女が登場します。少女は、ゲットーの中で身を隠そうとします。以前読んだ「マルカの長い旅」を思い出します。実話であり悲惨なこどもさんの体験話がありました。
 この映画は、人間の血がいっぱい流れるシーンがあるから白黒映像にしてあるのだろうと考えました。

 ユダヤ評議会:ドイツナチスの策略でつくられた組織。ユダヤ人をユダヤ人の代表者によって取り締まらせる。ユダヤ人の怒りを、ユダヤ評議会を構成するユダヤ人に向けさせて、ドイツ人が直接ユダヤ人からの攻撃対象にならないようにする。

 シンドラーの良かったセリフとして「私の担当は宣伝と営業だ。机の上の仕事はにがてだ」
 シュターンという会計士がシンドラーを支えてくれます。

 商人と軍人との贈収賄の世界です。給料以外の金と酒とタバコと宝石とが世の中を動かしています。裁量する権限を物々交換で自由自在に操って私腹をこやす者たちがたくさんいます。

 捕まえたユダヤ人を雇用する。ユダヤ人には人件費がいらない。まるで懲役刑のようです。彼らはシンドラーが設立したお鍋をつくる会社で働きます。拘束はされますが、命は助かります。

 贈収賄でお金が飛びかうわけですが、紙幣・貨幣というものは、国の信用がなくなれば、紙くずです。

 シンドラーに命を助けられた片腕のない老人がシンドラーに「アイ ワーク ハード(シンドラーあなたのために一生懸命働きます」シンドラーが軍人に「ヴェルリ ユースフル(彼は有益な人物です)」されど、その後老人は射殺されてしまいました。それは、シンドラーの人として守るべき道を優先しようという方向への心変わりとなる出来事のひとつでした。

 ドイツ人の態度です。
 自分の気に入らない人間は、問答無用で射殺する。(どうも教育として、ユダヤ人は人間ではない。虫のようなものだという誤った教えがドイツ人の脳にしみこんでいます)
 射殺した人間は、最後には処刑台に立つことになります。やったらやりかえさえるのがこの世の常です。復讐の連鎖はやみません。(ユダヤ人収容所長は絞首刑になります。彼は軍の上層部からの指示に従うことでたまるストレス解消のために無差別にユダヤ人を射殺する行為を続けました)

 シンドラーの言葉として「ゼイ アー マイン(ドイツ軍人に対して、ユダヤ人労働者たちは全部自分のものだ)」
 人を人とも思わないドイツ軍人たちです。ドイツという国は深刻な傷を負っています。
 見ていると、お金よりも自由がほしいという気持ちになります。
 金と物が人命と引き換えになるシーンが、贈収賄行為のシーンです。

 金もうけのことしか考えていなかった悪人のシンドラーが、ユダヤ人迫害の実態を見て、これではいけないと考え直して善人に変化していきます。人としてあるべき姿に目覚めたのです。
 シンドラーの言葉として「(無差別射殺殺人を繰り返すユダヤ人収容所長について)平和なときならあいつも普通の男だった。戦争が人の心を壊している」
 シンドラー氏は、お金や物への執着心が薄れて、ユダヤ人の人命を救おうとします。
 今年観て良かった映画になりました。
 シンドラーは、収容所長を説得します。「理由なく殺す力はパワーではない。パワーとは、正当な理由があるときのものを言う。許すことが本当のパワーだ」
 所長は「許す」ことを覚えました。さわやかな風が収容所内に流れ出しました。されどそれは一時的なものでした。

 俳優さんたちの演技に感心しました。人間以下とされているユダヤ人です。強烈な人種差別があります。スピルバーグ監督は、永久に歴史に残る証拠を映画という形で遺しました。すごい。たくさんの人たちを配置して感動を生み出しました。

 映像でタイプライターを打つ人たちを見て、そういえば自分も就職した若いころ、和文タイプライターを打って事務仕事をしていたと思い出しました。もうそんなことは忘れていました。今は、ノートパソコンのキーボードを叩いています。
 映像のなかにあるシンドラーの片腕の事務員シュターンはタイプライターを打ち続けます。打っているのが「シンドラーのリスト」です。命が救われるユダヤ人の人たちの名前です。何千人という単位の人数です。
 見ていると日本人外交官だった杉浦千畝(すぎうらちうね)さんの偉業が光っていたことがわかります。同氏もまたたくさんのユダヤ人の命を助けました。

 戦争というものの異常さを浮き彫りにしてあります。法令でむやみな殺人をやめさせて命を守ることが必要です。

 途中、ドイツ兵の拳銃が壊れていて射殺行為ができなかったシーンがありました。あれはもしかしたら、シンドラーが自社製品の拳銃で人殺しができないように発射能力がない拳銃をわざとドイツ軍に納品していたからではないかと想像しました。

 シンドラーはユダヤ教の祈りの儀式を保証しました。「信仰の自由」があります。
 最後に収容されていた人たちは解放されました。「移動の自由」があります。

 シンドラーはなんども「(自分の)努力が足りなかった」とくりかえします。彼は全財産を使ってユダヤ人の命を買い取るように軍人に賄賂(わいろ)を贈り続けました。されど、そのことの大事さに気づく前の彼にはもっと金や物があった。その金と物を使えば救えた命がもっとあったと後悔します。
 ひとつの命を救える者が世界を救えるというメッセージが流れます。

 映画監督の地位は高い。

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