2020年12月26日

JR上野駅公園口 柳美里

JR上野駅公園口 柳美里(ゆうみり) 河出文庫

 「全米図書賞」受賞のニュースをテレビで観て読むことにしました。
 読む前に考えたこととして、ホームレスのお話だそうで、ふつう、人生において、ホームレスと関係をもつのは、福祉・医療関係者、行政、図書館、ボランティア、飲食店・コンビニ、生活保護の支給をあてにする貧困ビジネス、大きな親族関係のなかのだれかぐらいで、ホームレスと直接関わりを一生もたない人も多いのではないかと。
 半世紀ぐらい前は、兄弟姉妹がたくさんで、田舎である地元にいても仕事がなく、地方から都会へ仕事を求めての移動があり、その後、そういった人たちがホームレス化したということはあったかと思いますが、現代は、親族関係の破綻とか教育への順応ができないとかで、家出をしたり、ネットカフェや漫画喫茶などを転々としたり、知人宅に居候したり、車中泊をしたりという新しいホームレス化の形態が生まれているように思います。
 本を読み始めて、本の内容は、昔のホームレス化のパターンであることがわかりました。
 38ページまで読んだところで感想を書き始めます。
 主人公男性の名前はまだわかりませんが、昭和8年生まれ。ちなみに、この物語は2014年3月に単行本が発行されています。
 昭和8年生まれの福島県相馬郡八沢村(やさわむら(現在の南相馬市))出身の主人公男性は、8人兄弟姉妹の長男です。男が4人、女が4人です。

 上野動物園あたりには行ったことがあるので、そのときの風景を思い出しながら物語の内容と重ねています。わたしが行った2019年春のときにはホームレスは見かけませんでした。この本によると上野恩賜公園(うえのおんしこうえん)では、東北出身者のホームレスが多いそうです。東北から東京に来たときの玄関口が東京駅ではなく上野駅なのでしょう。

 主人公は、昭和38年に福島県内に妻子を残して東京へ出稼ぎに来ています。翌年開催の東京オリンピックがらみでしょう。
 東北ではありませんでしたが、こどものころに自分の父親も出稼ぎに出ていたことがあるので読んでいて、こどもの立場としての実感は湧きます。
 昔のことを思い出して、ああ、あのときはああすればよかったと後悔しても過去を変えることはできません。あのときは、ああするしかなかったと思うしかありません。

 「老い」「時間の経過」を流れにして、抽象的な記述が続きます。取材して、想像して書く。
 
 主人公は下戸(げこ。アルコールを飲めない)です。珍しい。人は、アルコール依存が原因でホームレスになる印象があります。まわりの親族に粗暴、金銭貸借等で迷惑をかけて突き放される。

 2011年3月11日に発生した東日本大震災もからんでいる物語の気配がしてきました。

 生活苦の暗い話が続きそうです。
 途中、たぶん税金を滞納したので、差し押さえの赤紙を役所の人間たちが家に来て家財道具に貼り付けるシーンが出てきました。そういえば、こどものころに実際にそういうシーンが近所の家で行われているところを見たことがあります。職員はすごい勢いでした。記憶がよみがえりました。

 つじつまあわせを考えると、物語の内容として、いろいろと苦しいのですが、生活のありようとして、物語に書かれているようなこういう暗い一面もあったけれど、そういうことばかりだけではなかった、それがすべてではなかったと思いたい。当時の時代をくぐりぬけてきた親族たちの話を聞くとそれがわかります。時代は昭和30年ぐらいから20年間ぐらい続いた高度経済成長期を背景にしており、石油ショックで経済が落ち込んだ時期があったものの、その後バブル経済の最盛期を通過しています。楽しかったこともそれなりにありました。ただ、そういうことは人には言いにくい。

 50ページ、ようやく主人公の名字がわかりました。「森さん」です。

 ドラマか映画のワンシーンのような記述が続きます。

 結局、力なく、「生きていればいい」という結論に達してしまいます。

 ホームレスの話を離れて、明治・大正時代、戦時中の上野の山や周辺地域の歴史書のようになってきました。

 荒涼とした風景が物語のなかに広がっています。

 途中で何度か出てきて何度も繰り返される薔薇(ばら)のくだりは理解できませんでした。

 主人公は出稼ぎ暮らしを還暦60歳で終えて、いったん福島へ帰郷して年金暮らしのあと再び東京へ戻ってくるのですが、東京へ戻ってホームレスになった動機としては理由づけが弱いような。
 両親が亡くなって、妻が病死して、娘や孫が自分の世話をしてくれることを負担に感じてのことなのですが、それが理由で、上野恩賜公園でホームレス生活を始めるということは不自然に感じます。
 ほかにも、長い間の別居生活でどちらかといえば薄い夫婦関係、親子関係があったなかで、夫婦、親子の情に力が入りすぎているような印象を受けました。

 ホームレスの現状と分析というよりも文学作品として読む本だと思いました。
 一部分にスポットをあてて作品化する。

 それぞれの人が役割を果たしながら人生を送っているなかで、だれかを批判するようなことはしにくい。

 つぶやきの文章が続きます。
 外国人が翻訳されたものを読むと味わいがあるのでしょう。

 調べた単語などとして、
 ツイードの鳥打帽(とりうちぼう):ツイードは毛織物の生地。鳥打帽は、ハンチング帽、前部に小さめのひさしがある。探偵がかぶるイメージがある帽子。イギリスの狩猟用の帽子
 チリ地震津波:1960年(昭和35年)日本の死者行方不明者数142名

(2014年2月7日付けの作者のあとがきを読んで)
 あとがきの内容は、2020東京オリンピックが開催されるという前提で書かれています。
 現実には、オリンピックの延期、新型コロナウィルスの世界的感染拡大が起こっています。読んでいて不思議な感覚になりました。思いどおりにいかない、予定どおりにいかない時代が始まったような気がします。

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