2020年08月24日

むこう岸 安田夏菜

むこう岸 安田夏菜(やすだ・かな) 講談社

 生活保護を受給している世帯にいる中学生を素材にした物語のようです。読みながら感想を付け足していきます。
 本の装丁として、カバーの絵が暗い。大丈夫だろうか。色彩は、黒と黄色しかありません。炭で絵が描いてあるような感じです。
 まず、36ページ付近まで読みました。自分は落ちこぼれだとして元気をなくした中学生男子がアルコールに酔って、陸橋(歩道橋)から飛びおりるんじゃないかというようなシーンがありました。そのシーンをイメージしてあるのだろうというカバーと表紙の絵です。
 彼の目の前には都会の風景が広がっています。林立するビルと走り回る車とお互いを知らないおおぜいの人たちです。人間はたくさんいるけれど、ひとりひとりは孤独です。そして、彼は、生活保護を受けている主人公ではありません。彼はお金持ちの子どもです。

 二人主役のような構成です。最初は、男子がふたりかと思いましたが、片方は、女子でした。
 シンプルに、生活保護を受けている中学生の話かと思って読み始めたので意外でした。テーマを二本並べて並行して進めていくのは、読み手にとっては、わかりにくくなりはしないだろうか。

 それはさておき、まず主な登場人物のうちのひとりめが、
山之内和真(やまのうち・かずま):中学三年生。医師の息子。有名私立中学蒼洋中学(そうようちゅうがく)で勉強についていけず、中学三年生の一学期から公立中学に転入した。運動はできないそうです。母親香澄と父方の祖母、それから妹の穂波4年生と同居しています。
 もうひとりが、
佐野樹希(さの・いつき 女子です):中学三年生。山之内和真が転入してきた同じクラスの一員。小学五年生の時にパパが交通事故死して、ママが精神病になって、今は生活保護を受けている。妹として、保育園に通う3歳の奈津希がいる。保育園の送り迎えを佐野樹希がしている。佐野樹希自身は、弱虫ではない。気が強い。上がり気味のくっきりまゆ毛。ボーイッシュな見た目です。ちょっと言葉づかいが汚いのが気になりました。
 ほかに、
 喫茶店「カフェ・居場所」のマスターがいます。「カフェ・居場所」は、貧困暮らしをしている児童・生徒のたまり場になっているようです。
 それから、市が運営している無料塾として、青少年センターで週二回開催されている「あおぞら」が出てきます。

 このまま読みながら登場人物を追加していきます。
渡辺アベル:中学一年生。黒人の少年。父はナイジェリア人で、いまはもう日本にはいない。母は日本人で介護職をしている。佐野樹希とは別の隣の中学校に通っている。がっしりとした大きな体格をしている。「カフェ・居場所」で、山之内和真に数学を教えてもらう。彼の性格は見た目の反対で、人見知りをする。恥ずかしがり屋。小学生の時にショックを受けたことがあって、しゃべらなくなった。見た目は怖そうだが、じっさいは、気弱そう。
城田エマ:佐野樹希の同級生。叔父さんがいる。

 「章(文章の区切り目)」として、山之内和真と佐野樹希のそれぞれが、ひとり語りをしながら物語を進行させていきます。
 うーむ。おとなが書く中学生の気持ちです。表現がむずかしそう。中学生の脳みそと人生体験だと、現実には、「わからない」ということが多い。
 生活保護制度はおとなの世界のことなので、対象者を中学生としてどのように物語をつくるのだろうかという部分に興味をもって読み始めました。就労体験も納税体験もない中学生にはよくわからないことだと思います。

 以下、読みながら湧き出た疑問点などです。
 山之内和真が主張する「賢いから、金持ちだから」いじめられたという理由は、いじめられる理由として弱いような気がしました。ふつうは逆で、「ばかだから、びんぼうだから」という理由でいじめられます。
 
 勉強についていけないから中学校を変えるという山之内和真の父親の理屈は理解できませんでした。中学校は義務教育です。登校して、規定の時間数の授業を受けて、一定の水準の成績をおさめることができれば卒業です。お金がなくなったから公立中学へ行くことになったということは聞いたことがありますが、学力不足で私立中学をやめたということはきいたことがありません。本人があまりにもみじめです。
 人間に、「落ちこぼれ」なんてあるのだろうか。人生はとても永い。どの時点で、「落ちこぼれ」が決まるのだろうか。そう考えると、人間に、「落ちこぼれ」というものはないのです。
 もうひとつは、医師である山之内和真の父親と、患者として生活保護の費用負担で医療行為を受けている人との距離は近いと思うのですが、本の中で、医師の父親が、生活保護制度に理解のない発言をしたことが不思議でした。生活保護制度がないと、病気の治療をしても医療費が病院に入ってきません。

 佐野樹希(さの・いつき)が母のことをいうときに、母親の「母」を、どうして、カタカナの「ハハ」と書くのかわかりませんでした。「母」でいいと思います。

 ケースワーカーたちの対応が不可解です。人によって家族に対する対応が変わるのは変です。だれがやっても同じにならなければなりません。
 精神病の母親に対して、働け、いつまでも生活保護を受け続けるなみたいな指導はしないと思います。父親が交通事故死した運が悪かった気の毒な母子家庭です。精神病にかかってしまった母親、中学一年生女子、保育園女児3歳の母子三人の家庭です。主治医がいて病院に通院して服薬治療をしている精神病の母親に働けという指導をして追い込んだ結果、一家三人心中事件が起こって、全員死亡にでもなれば、大問題が起こります。基本的人権の無視です。
 常識で考えると、母親は病気の治療に専念で、娘ふたりは、心すこやかに育ってほしいです。そして、将来は、娘ふたりが働いて病気の母親を支えて、生活保護から脱却してほしいとなります。また、母親が障害年金をもらえる可能性もあります。

  生活保護世帯に対する世間の冷たい対応がありますが、それは、主におとなの世界のことで、生活保護を受けている家庭のこどもを攻撃するような非情なことはしないと思います。こどもに責任はありません。

 生活保護制度のあり方を攻撃するよりも、こどもには、勉強させた方がいい。いまはまだ中学生です。社会から受けた恩恵は、のちのち社会にお返しするという気持ちで、いまは、勉強に励めばいい。

 まじめすぎるのと、おとなは、本に書いてあるようなことを中学生のこどもには話しません。話の中身は、佐野樹希の親権者である母親に話す内容です。
 かなりがちがちに生活保護制度をとらえてあるので、そうかなあと考えながら読んでいたら、「例外」の話が出てきました。そうなのです。法律には、「原則」と「例外」があるのです。だから、これしかないと決めつけないほうがいい。
 思うに、「法律」は、自分の身を守るために、できるだけそうしたほうがいいということが書いてあると思うのです。でも、そうできないときもあります。人間は、感情の生き物だからです。そのかわり、できなかったとき、法律は自分の身を守ってくれません。

 なぜそんなに大学進学にこだわるのでしょう。大学へ行くメリットは、将来のための人間関係づくりです。さきざき、その大学の卒業生がいる会社や組織に入って、顔見知りの仲間で、利益の追求をしていきます。そこには、人事権をもつ人を中心にして派閥があったりもします。先輩後輩で、幹部ポストを順番に回していったりもします。師匠と弟子の師弟関係を築いたりもします。あるいは、個人営業にしても、大学同窓生同士で、ギブアンドテイクという手法で、助け合って仕事をしていきます。大学は、自分にとって将来の利益を形成するための人間関係づくりの場所です。そういうことを望まない人にとっては、無意味で苦痛な四年間を過ごす場所になってしまいます。歳をとってみてわかるのですが、人生においていらなかったと思うもののひとつが、「学歴」です。そして、「学問」は、何歳からでもスタートできます。

(読書はさらにつづく)

 貧困差別について書いてあります。
 遠い昔を思い出してみると、第二次世界大戦の終戦後からしばらくはみんな貧乏暮らしで、小中学校では、生活保護をもらっていた家庭も多かった記憶です。
 昭和と平成をまたいだころのバブル経済華やかだったころは、ああこれで、日本も生活保護をもらう家がぐっと減っていくのだろうと思いました。でも、最近は、かなり増加したようです。年金が少ない高齢者の単身世帯も増えています。もう働ける年齢ではありません。親族からの援助も期待できない世の中です。なかなかむずかしいものがあります。

 この本のいいところです。
 こどもにとって、貧困を脱出するてっとり早い方法は、勉強をして、テストでいい点をとることです。そこから、道が開けていきます。むずかしいことではありません。小中学校の教室で習ったことを何回も繰り返し読んで書いて暗記してテストにのぞむのです。授業で出たことがテストに出ます。この物語はそういう流れにのっかっている配慮があります。
 貧困と頭の良さは関係ありません。貧乏な家に生まれても、脳みそのできがいいこどもはたくさんいます。
 さらに、貧乏な家に生まれたからといって、一生貧乏な生活を送るわけではありません。ひとりの人間でも、長い人生のうちには、お金がたくさんある時期もあるし、お金があまりない時期もあったりします。基本的には自分でコントロールすることになります。

 佐野樹希(さの・いつき)の母親の姿が見えません。全体的におとなの姿が見えない物語です。

 よかったセリフとして、
「(山之内和真が渡辺アベルに)きみは、バカではありません」

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