2020年01月31日

幸福な食卓 瀬尾まい

幸福な食卓 瀬尾まいこ(せお・まいこ) 講談社文庫

 有名な作品のようですが、読むのは初めてです。
 4本の短編です。互いに関連があるのかないのかはまだわかりません。読み始めてみます。

「幸福な朝食」 2003年初出
 中原家の家族の崩壊話です。父親である中学社会科教師の中原弘さん43才ぐらいが、朝食時に、「父親をやめる」と宣言します。妻は5年前に家を出ています。離婚はしていないようです。卒婚みたいなものです。夫婦の交流はあります。長男が直ちゃんで20才、高校を出て働いています。物語の進行役が長女の佐和子さんで、中学2年生です。彼女の中学1年の終わりごろから2年生の6月梅雨時までのことが書いてあります。
 父親をやめるというフレーズに記憶があります。たしか、父親を辞めて母親になるという設定でした。よしもとばななさんの作品だったと思います。たしか、「キッチン」でした。この作品の読み始めにそのことを思い出しました。
 家族がそろう(今となっては父親、長男、長女の3人)朝食時に、重要な話を出す習慣があります。
 父親は、中学教師を辞める。「父親」も辞める。(父親の役割を果たせないからという意味にとれました)辞めて、浪人生になって、大学の薬学部を目指すそうです。
 こどもふたりは、容認します。なぜ容認するかというと、5年前梅雨の時期に父親が首や手首を切って自殺未遂を図ったことがあるからです。それが原因で母親は家を出ていきました。父親の弘さんは、人間として、無理をしていた。なにかに耐えきれなかった。そして、弘さん自殺企図時にそこにいた妻と長男二人の行動が不可解、不思議でした。119番通報したのは、事後に現場に着いた小学3年生ぐらいだった佐和子さんです。
 落ち着いて、淡々と書いてありますが、内容は風変りであり、深刻でもあります。「人は……」を問う純文学の世界です。
 人間の淋しさが伝わってきます。最後はひとりという言葉も浮かびます。されど、それがすべてではないと思いたい。
 シンプルに生きる。農業とか水産業の話が出ます。サバをどうするかとか。卵を産むニワトリのクリスティーヌとか。ニワトリは人間のような扱いです。
 中2の佐和子さんが、せっかく友だちになれた転校生の坂戸君は夜逃げ同然に引越していきます。彼の家もまた家族崩壊した母子家庭だそうです。
 気に入った表現の趣旨などとして、「攻撃的な食べっぷり」、「お互いの曲がった感情」、「父さんといると苦しい」、「俺の家庭は崩壊している」、「言い古されたあいさつは、ちっとも心に響くものがなかった」、「もう父さんじゃないから許可はいらないはず」、「気がつかないところで、中原(佐和子)は守られている」、「父さんはもう父さんには戻らないの?」
 弘さん、直ちゃん、佐和子さん、三人はみんな同じ遺伝子をもっている。

「バイブル」 2003年初出
 バイブル:聖書。生き方の参考になるもの。
 中学3年生中原佐和子さんの恋の一歩手前、異性との親友関係のようなもののお話です。相手の大浦勉学君は、どうもお金持ちらしい。でも、勉強は、平凡で、佐和子さんより塾での順位は下らしい。そのへんが、微妙な位置関係の付き合いになっていきます。女子中学生の心理です。そして、大浦勉学君はいいやつです。
 中原直さんには、新しい恋人ができたように見えますが、それは、ほんとうの恋ではないという実母の判断と指摘があります。
 この小説の読者対象者は、女子中学生なのだろうか。
 気に入った表現の要旨として、「町から田舎へ行く道は、人気(ひとけ)がなくなる分、星も月もくっきりしていく」、「あんな高校」、「良かったのは成績だけだった」、「(母の言葉)父さんを愛することが最優先だった」
 苦労の体験談を語りあって、互いの努力を讃えあう宗教団体のような集まりが登場します。喜怒哀楽を共有して励まし合い慰め合うのです。佐和子の母親にとっての「誠心会」、兄にとっての「青葉の会」
 朝は、野菜サラダのみをたっぷり、水は一日2リットル飲む。ダイエット法です。
 妹の佐和子から見て、兄直は苦労知らずの人間に見えていますが、実は違います。彼は悩んでいます。成績優秀者の限界が成長するにつれて訪れました。試験で思うように点数をとれません。点数がとれなくなったら、それはもう彼ではなくなったということです。彼には、点数しか生きている価値がなかったのです。
 調べた言葉として、「いけすかない:気にくわない」直の恋人は、化粧も衣装も派手で、複数の男性と同時に付き合っていますが、人間的にはいい人らしい。
 直の長いセリフがよかった。「死」をみつめる小説です。今年読んで良かった1冊になりました。名作です。さわやかです。体験のない人には発想できないと思うのですが、こどもの頃に親を亡くすと、こどもは、成長過程において、自分も親が亡くなったときの年齢まで、生きていられるだろうかという思いが心に浮かぶときがあります。自分が、親の死亡時の年齢を過ぎると、ほっとします。わたしの実体験です。同様の体験をもつ方はみなさんそうだと思います。
 直さんは、生きるために、「真剣さ」を捨てます。長生きの秘訣が、真剣さを捨てることなのです。果たして、それは、正解でしょうか。そうは思えません。作者はこのあとこの件をどう整理するのでしょう。読み進めるのが楽しみです。タイトル「バイブル」の意味がなんとなく伝わってきます。生きていくための心の支えとなるものです。

「救世主」 2004年初出
 タイトルは、イエス・キリストを意味するのだろうか。迷える中原直22才男子の救世主となるのは、彼の新恋人小林ヨシコです。彼女は外見も言動も、人から引かれそうですが、心意気は強い。直の顔をペットボトルでたたいてけがさせます。たたかれても、直ちゃんは満足します。これまで、直にそこまでした女性はいません。初めてです。彼に、『役割』という発想が生まれます。生きがいのためには、『役割』が必要で、父さんには、父さんの役割が必要。父さんは、父さんであってほしいという気持ちが生まれます。付け加えて、人の役割を奪ってはいけない。秩序が壊れて、組織が腐るから。
 良かった文節として、「不安は人を動かす」
 学校教室内での重苦しい雰囲気があります。中原佐和子が無理やり学級委員にさせられて、苦労します。いじめです。読んでいて、読み手の気持ちも暗くなります。作者は、この苦しい行き詰まり状況をどうまとめるのだろう。
 対立する二者を調整する役割の人がいます。タイトルどおり、「救世主」が現れます。調整ができる人は貴重な人です。強くて力をもっている人間、ボス的人間がいないと組織はひとかたまりで動きません。
 結局この世は、誤解と錯覚、ごますり、物とカネで動きます。詐欺に近い行為が合法的な範囲内であると許容されれば成功できます。
 悩める女子中学生や女子高生を救う名作の一話でした。まさに、「救世主」です。いい話でした。

「プレゼントの効用」 2004年初出
 11月24日の日付から始まります。
 高校1年生中原佐和子の同級生の恋人大浦勉学が、佐和子にクリスマスプレゼントを贈る資金づくりのために、新聞配達を始めます。
 母親が家を出て5年が過ぎています。母親の帰ってこようかなという提案に、佐和子は、意思に反して、帰って来なくていいという意志表示をしてしまいます。
 大きな転換事項が書いてあります。上手に書いてありますが、事柄は、突然すぎて、読み手は気持ちがついていけません。
 兄、直(なお)の恋人小林ヨシコの意見に同感です。死んだ人間(大浦勉学)は、いくら待っても帰ってきません。過去を変えることはできません。それはそれとして、これからさきまだ長い人生のことを考えなければなりません。生きている人間は、もう一度恋人を探すのが賢明です。そして、家族をつくるのです。それが生きているものの本能です。
 そして、「父親をやめる」と宣言したお父さんは、「やっぱり父親をやる」と意志を固めたのです。『家族』を尊ぶ、いい本でした。
 調べた単語などとして、「風体:ふうてい。身なり」
 良かった表現の趣旨などとして、「大浦君が便箋の中にいるみたい」、「家族は大事だっていうことを知っておかないとやばい」、「甘いものを体に入れたせいか、少しだけ元気になった気がした」


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