2019年11月30日

白狐魔記(しらこまき) 元禄の雪 斉藤洋

白狐魔記(しらこまき) 元禄の雪 斉藤洋 偕成社

 316年前の出来事です。
 忠臣蔵の時期となりました。映画、「決算! 忠臣蔵」を観に行く予定です。
 本は、こちらを読んでみます。

 赤穂浪士の仇討(あだうち):1680年就任五代将軍生類憐みの令で有名な犬公方徳川綱吉の時代です。この本でも犬を始め動物を大切にするエピソードが書いてあります。狐の白狐魔丸(しらこままる)にとっては、すごしやすい環境があります。
 1701年、現在兵庫県赤穂藩(あこうはん)の浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が、現在の愛知県吉良藩(本書では三河の宮迫村みやばさまむらが領地のひとつとあります)の吉良上野介(きらこうずけのすけ)を江戸城松の廊下で切りつける。徳川綱吉の命により、浅野内匠頭は即日切腹。吉良上野介におとがめなし。切りつけた理由は不明だが、吉良上野介から浅野内匠頭に圧力があったもよう。
 1703年1月(旧暦元禄15年12月14日)大石内蔵助以下四十七士が江戸城下の吉良邸に討ち入りをして、吉良上野介を討ち取った。
 
 白狐魔丸は、奈良吉野の山から岐阜、近江を経て、大坂堺から船で九州博多へ行き、長崎へと旅をします。読者は本を読みながら、長崎まで旅をした気分になれます。
 白狐魔丸は、人間である商売人の九十九小吉となったり、犬に化けたりします。

 登場人物は、愛知県三河の宮迫村みやばさまむら出身のもとは百姓、今は武士の清水義久。それから、化ける狐の雅姫つねひめ(桜木雅春と名のっている)。
 時代は元禄13年の設定です。
 ポルトガル人は排除され、オランダ人が長崎の出島にいます。

 調べた言葉などとして、「脇息:きょうそく。ひじかけ」、「長州赤間関:ちょうしゅうあかまがせき。山口県下関市」

 生類憐みの令のおかげで、犬に化身していれば、食うに困ることはないそうです。

 73ページ、ここまで読んできて、吉良側を擁護する立場で書くのだろうかという雰囲気です。

 浅野内匠頭の人物像です。歳は30歳ぐらい。ほそおもての平氏顔(ほっそりとして、目の細い、色白の顔)、浅野内匠頭は線が細い。ふだんはおだやかで気さくな人柄だが、一度腹を立てると、あとさきがなくなる。かっと頭に血がのぼりやすい気性。

 狐の白狐魔丸は、武士が嫌いです。そして、城が嫌いです。城は権力の象徴です。白狐魔丸の気持ちがわかります。

 同作者のシリーズに「ルドルフとイッパイアッテナ(どちらも猫の名前)」があるのですが、そちらは、黒猫ルドルフ、こちらの白狐魔丸シリーズは、白い狐の語り口調児童向け小説です。

 白狐魔丸は、芝居とか、人形浄瑠璃に興味を持ち始めました。人形浄瑠璃は、大坂、京都だけで、江戸ではやっていなかったということは、初めて知りました。先日読んだ直木賞受賞作「渦 UZU 妹背山婦女庭訓魂結び(いもせやまおんなていきんたまむすび) 大島真寿美作を思い出します。

 ふと思う。なぜに男が女を演じ始めたのか。歌舞伎です。そして、宝塚歌劇は、なぜに女が男を演じるのか。それぞれに、異性を表現することに、なにか、胸がわくわくするものがあるのでしょう。
 狐の白狐魔丸(しらこままる)は、狐は人間に化けるけれど、人間の男は、人間の女に化ける。また、人間は、芝居で、別の人間に化けると観察をしています。

 江戸には、武士と町人が半分ずついたけれど、それぞれ、住む地域が分かれていた。鎌倉にはもう漁師と坊主しかいない。その部分の記述が良かった。
 
 中天起渦降雨の術:ちゅうてんきかこううのじゅつ。キツネの白狐魔丸ができる雨を降らせる術。

 むじな:タヌキ、アナグマ、ハクビシン

 江戸城内には、「邪気(じゃき。悪い気配。不気味な雰囲気)」があるそうです。

 徳川家以外の大名を太らせないための参勤交代(費用支出)、江戸城ほかの普請(工事)を他の藩の財政もちやること、大名の家族を江戸に置いての人質など、江戸幕府のシステムには感嘆します。誰が思いついていたのは知りませんが優秀なブレイン(頭脳集団)がいました。

 島原の乱のことが書いてあります。狐の雅姫(つねひめ)は、キリシタン益田四郎(天草四郎時貞)ではなく、幕府側の人間板倉重昌(いたくら・しげまさ愛知県三河の藩主)が好きです。それも、この物語の時点で、60年ぐらい前のことです。

 浅野内匠頭(あさの・たくみのかみ):35歳ぐらい。
 吉良上野介(きら・こうずけのすけ):60歳ぐらい。
 清水義久:吉良上野介の家来。清水一学と名のる。
 大高源吾:赤穂浪士のひとり。切腹した。俳諧の知識あり。茶人として吉良邸にスパイのように入り込んで、俳句の茶会を利用して、吉良上野介の在宅日を把握した。
 片岡源五右衛門:赤穂浪士のひとり。切腹。
 萱野三平(かやの・さんぺい):討ち入りをする予定のメンバーのひとりだったが、吉良とつながりのある家への仕官(その家の職員となる)となり悩んで切腹。
 寺坂吉右衛門:途中で行方不明になった足軽。
 
 支配される者の苦しさがあります。主従関係は不自由です。だれかの上司自身もだれかの部下です。
 接待、贈収賄の世界です。権力者に銭を握らせて希望をかなえてもらう。

 作者は、江戸城松の廊下の刃傷事件を狐をからめて、どのように書くのだろうと強い興味をもって読みました。お見事でした。

 ありえないこと、あってはならないことが起こるのが、事件・事故・自然災害です。状況は常に最悪の方向へ向かって矢印がのびています。江戸城の中で、切りつけるという自滅行為をするのはありえないこと、あってはならないことです。突発的なものでしょう。気持ちが落ち着いていれば城外で計画的に行われる抗議活動です。

 辞世の句:じせいのく。死ぬときに詠む(よむ)和歌。浅野内匠頭の辞世の句「風さそう 花よりもなお われはまた 春のなごりをいかにとやせん」(仇討を期待する句です)このままでは死ぬに死ねないという思いが伝わってきます。もし、この句がなかったら仇討もなかったのかもしれません。

 吉良様の描き方ですが、虚構で、セクハラじじい、いじわる人間(浅野内匠頭に嘘の儀礼方式を教える。浅野内匠頭がつけとどけ(贈り物)をしてくれないから。してくれても気に入るものではないから)と、町の噂が出ています。お客へのもてなし不十分は、明智光秀が織田信長に叱られたことを思い出します。たしか、あれも上司から部下への暴力がありました。パワハラです。そのほか吉良には、いなか侍という相手を見下す、差別意識に基づく侮辱もあります。
 
 浅野内匠頭が吉良上野介を切りつけた理由は、吉良上野介にあり、浅野内匠頭だけが、切腹のお仕置きを受けて、藩は取りつぶし、一方、吉良上野介におとがめなしは、不公平だという不満が江戸中に充満していきます。みんなが、仇討を期待して応援するという異様な雰囲気があります。

 化け狐である雅姫(つねひめ)のコメントは、落ち着いていて信ぴょう性が高い(信用できる)。吉良上野介の浅野内匠頭に対するパワハラ、モラハラがあります。精神的ないやがらせです。その原因は、浅野内匠頭が吉良上野介に十分なお金を払わないことにあります。かわいげがないそうです。まじめなだけではだめなのです。酔狂な部分がいるそうです。たとえば、織田信長に対する豊臣秀吉の態度と紹介があります。ふつうとはちょっと違うユーモラスな面が相手に受け入れられるのです。自分で自分を見下して見せる自虐的な部分があります。
 化け狐同士で、雅姫(つねひめ)が白狐魔丸(しらこままる)に教えるという手法で、話は進んでいきます。
 
 幕府に策略があります。浅野内匠頭が吉良上野介に仇討をすることによって、吉良家一族の領地を奪い、自分たちのグループにいる親しい者にその領地を与えようという悪だくみです。

 大石内蔵助はなかなか仇討をしません。それは、相手を油断させる策略だと今ではわかっています。化け狐の雅姫(つねひめ)は、イライラしています。武士は死んでこそ武士、城中で浅野内匠頭が切りつけたわけで、浅野内匠頭のその行為がいいとか悪いとかは関係ない。自分のめんどうをみてくれた主君の無念を晴らすのが主君に世話になった家臣の努め。相手を斬って、自分は切腹する。体面(まわりに対する名誉、誇り)を保つ。それが武士の生き方。武士は、切腹を持って責任をとる。だから、百姓や町人は、武士の勝手を許すという理屈を強調します。

 討ち入りの光景記述を読みながらタイムトラベルをして過去の現場に立ち会っているような気分になりました。読者が、白狐の白狐魔丸(しらこままる)になります。クーデター未遂昭和11年に起きた2・26事件を扱った宮部みゆき作品「蒲生邸事件」の様子が脳に蘇りました。

 白狐魔丸(しらこままる)の基地のようになっているのは、日本橋近くの旅籠町にある「千川」という宿です。

 人殺しをする侍を嫌う白狐魔丸(しらこままる)の気持ちが伝わってきます。

 淋しい話です。もとはといえば、吉良上野介のパワハラ、モラハラ、それから浅野内匠頭のしんぼうがと工夫が足りない性格・資質からくる事件でした。だれも幸せになれません。変な上司の部下になると部下は苦労します。

 最後のどんでん返しが良かった。おもしろかった。堪能しました。充分に楽しめて満足しました。
 
 調べた単語などとして、「俳諧:はいかい。遊戯性を高めた連続的な俳句。上の句、下の句をつなげていく」、「邪:よこしま。道にはずれていること」、「地口:じぐち。ことわざ。猫に小判など」、「邪険:じゃけん。意地悪で冷たい態度」、「大名:徳川将軍に仕える者。元禄時代には243名。本を読んでいると、徳川家の人間の接待で大変だったようです」、「織田信長:妹がお市、妻が濃姫」、「本丸、二の丸、三の丸、櫓、天守閣:城。核が本丸で、補佐が二の丸、三の丸、円を描いているから丸。櫓(やぐら)は見張りの防衛。天守閣は、象徴。利用は物置」、「遺恨:いこん。忘れられないほど深いうらみ」、「刃傷:にんじょう。刃物で人を傷つける(なぜ城内で小刀の携帯が許されていたのだろう)」、「事件発生の時刻:午前11時半過ぎ」、「江戸城平河門:罪人を通す門」、「浅野家の屋敷は、鉄砲洲(東京都中央区明石町)、赤坂(港区赤坂)、本所(墨田区本所)、吉良家の屋敷は、呉服橋(中央区八重洲)」、「意趣返し:いしゅがえし。積年のうらみをかえす。仕返しする。復讐する」、「旗本:原則江戸住まいの家臣」、「一番槍:抗戦の口火を切った個人。本作品の場合は、間十郎光興はざまじゅうろうみつおき」、「大目付:侍を監査する役」、「足軽:あしがる。臨時雇い」

 印象に残った表現などとして、「いつおむかえがくるかわかりません。(90歳ぐらい南蛮堂煙之丞もとの名を巴右近の言葉)」、「大高源吾が言ったこととして、(藩主に辞世の句を残してほしい。人間は死ねば消えてしまう。絵に残っても信ぴょう性に欠ける。しかし、)言葉は、そのまま何百年も残る」、「徳川綱吉は側近の言いなり」、「戦がなくって、武士にうっぷん(ストレス)がたまっていた(なにか、刺激的なことが起こるといいのにという期待感があった)それを本作品では、『邪気』といっているようです」、「心の中で50ほど数を数えてから歩きだした」、「このころ切腹は形がい化していた。腹は切る真似だけで、介添え人が首を切り落とすことで死んでいた」、「火付けは死罪」、「大高源吾の辞世の句:梅でのむ 茶屋もあるべし 死出の山 」、「(大高源吾の言葉の趣旨として、武士ならば、仇討は)したいとか、したくないとかではなく、しなければならないもの」、「(大石内蔵助の言葉の趣旨として)ほんとうは、仇討などしたくなかった。長生きしたかった。家臣に切腹させたくなかった。まあ、しかたなしに仇討をすることになった」(読んでいて、しみじみしました)「大石内蔵助の辞世の句:あら楽し 思いは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」、「赤い狐:化ける狐の雅姫(つねひめ)のこと」

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