2019年10月10日

線は僕を描く 砥上裕將

線は、僕を描く(せんはぼくをえがく) 砥上裕將(とがみ・ひろまさ) 講談社

 マンガチック(おおげさ)な出だしです。水墨画家のスーパーマンを育成する物語だろうか。
 主人公は大学法学部の学生で、青山霜介(あおやま・そうすけ)、彼の師匠になるだろう人が篠田湖山(しのだ・こざん)先生、先生の孫娘が水墨画家で千瑛(ちあき)大学生。32ページまで読みました。感想を継ぎ足していきます。
 大学生のお話だろうかから入っていきます。大学に入って生まれて初めてアルバイトをする主人公は、お金に苦労がない人と受け取りました。
 名人が描いた水墨画は、黒が赤に見えるぐらい迫力があるようです。

(つづく)

 やはり主人公はお金に困ってはいません。主人公が17歳のときに交通事故死した両親の保険金ほかがかなりあるそうです。
 されど、お金があっても本人は両親を亡くしたショックでへこんでいます。元気がありません。書中で本人が言うとおり、心身ともにあまり健やかではない状況にあります。水墨画を書くことで精神的に癒される方向へと話をもっていくことが読み手には予想されます。
 篠田湖山(しのだ・こざん)先生は、主人公の青山霜介(あおやま・そうすけ)に、「できることが目的ではない。やってみることが目的なんだ」とさとします。
 青山霜介は、いろいろしゃべってくれますが、いつも背景に両親をなくして孤独になった淋しさが感じられます。
 なんとなく、アニメ「ヒカルの碁」を見ているような感じがあります。

(つづく)

 読み進めていますが、人物像が、墨で書いた「線」として見えてくる文脈です。こういう文章を読むのは初めてです。強く推すのではなく、弱く引いている。例として、「(相手の視線が)何を見ているのかわからない。怖くはないがすごく遠い。まるで、水のようだ」
 感服したのは、67ページ付近の文章です。「力を入れるのは誰にだってできる」から始まるあたり。「まじめは、自然じゃない」、「まっすぐな人間はたくさん傷つく。そして、心を閉ざす」、「水墨画は孤独な絵画ではない」そのようには、なかなか書けません。本作品は、もしかしたら来年の本屋大賞にノミネートされるかもしれません。さらに続いて、「もしかしたら、とても重要なことを惜しみなく与えられている」

(つづく)
 
 「川岸さん(女性)後姿は中学生に見える」、名前の表記が、苗字だけだったり、下の雅号だけだったりして、読んでいて、男女の性別がつきにくい。めんどうでもフルネームで書いていただけると読み手には助かります
 
 篠田湖山先生は、青山霜介に水墨画の才能を見いだして、彼を内弟子にして水墨画の描き方を教えていますが、青山くんはまだ、自分の才能に気づいていません。

 言葉づかいがていねいな文章です。

 篠田湖山先生と先生のお孫さんの篠田千瑛(ちあき)さん、青山霜介くんの三人が和室でお茶を飲んでいるシーンを読んでいると、樹木希林さんの映画「日日是好日」のシーンを思い出します。

 篠田千瑛と青山霜介のラブストーリーがありますが、なくてもいいような。水墨画に取り組む青山君の姿だけでいってもいいような気がします。

 水墨画の概略書を読むような部分があります。なじみのない世界ですから、説明が必要でしょう。

 みんなでお茶を飲んで、ひと息ついて、心を落ち着けます。日本人的なシーンです。良質ないい本を読んでいる雰囲気があります。
 マイナス面としては、主人公の青山霜介くんに元気がありません。文脈に甘えがあります。彼はほんとうに水墨画をやって絵師になろうという気概(強い意志)があるのか。少なくとも、145ページ付近を読んでいる限り、彼にはそういう確固たる気持ちはありません。あと半分ぐらい。この先どうなるのか。師匠の篠田湖山(しのだ・こざん)先生だけが、力強い。
 これから主人公は、17歳で両親を突然の交通事故で亡くした主人公の元気のない心のうちを水墨画に反射していくのでしょう。
 彼が両親を事故で亡くしたショックは深い。
 自分が思うに、人生において、事故死は突然に訪れるのですが、前兆はある経験です。ただ、前兆に気づけても避けることはむずかしく、ゆえに「運命」として扱います。
 人には、すぐに死んでしまう人と、死にそうにはなるけれど、しぶとく生き続ける人がいて、それもまた、その人が生まれもった「運命」です。「力」とか「生命力」に言い換えてもいい。
 
 読点(、)が少ない文章です。長文が続きますが苦にはなりません。味わいとリズムがあります。

 篠田千瑛(ちあき)にあるのは、「情熱」ではなくて、「勇気」。読んでいる限りの篠田千瑛は、いい印象ではありません。長身でスリム、美人、美形ではあるけれど、プライドが高い。気が強い。気に入らないものは否定するけれど、いいものを見分ける目はあって、称賛することはいやがらない。行動に腕力がある。男性的です。
 
 読んでいると、植物園に行きたくなる文章です。
 
 大学生の青春もの小説ですが、主人公とヒロインは別々の大学に通っています。

 水墨画でこんなに人が集まるとは思えませんがこれは小説です。
 
 事故で最愛の人を突然亡くして、取り残された気分になっている人へのメッセージ小説です。寄り添いながら回復を祈ります。
 
 調べた単語などとして、「上腕二頭筋:力こぶ」、「花卉画:かきが。観賞用の美しい花を付ける植物の総称の絵」、「春蘭:しゅんらん。山野草。野生の蘭」、「刺々しさ:とげとげしさ」、「花蕾:からい。花とつぼみ」、「揮毫会:きごうかい。水墨画の実演をする。毛筆で文字や絵を書く」、「画仙紙:がせんし。書画に用いる大判の用紙。約70cm×138cmが全紙。半分が半紙」、「若輩:じゃくはい。経験が浅くて未熟」、「怖じ怖じして:おじおじして。こわがる。びくびくする」、「怜悧:れいり。利口なこと。優れていて賢い」、「気韻:きいん。楽しんでいるかどうか」、「割筆:かっぴつ。筆先が割れている」、「崖蘭:けいらん。崖に咲く蘭の花」、「画賛、落款:がさん、らっかん。文章、印」、「四君子:人格者。画題として、春蘭、竹、梅、菊」、「直截性:ちょくせつせい。まわりくどくなくずばりと言う」、「ご託宣:ごたくせん。神さまのお告げ」、「蔓(植物のつる)」、「リフレイン:歌や詩でなんども繰り返される部分」、「表装:ひょうそう。書画を掛け軸などに仕立てる」、「軸装:じくそう。掛け軸の形に仕上げる」、「半切:はんせつ。紙のサイズ。全紙の半分。約348cm×1350cm」、「顔彩:がんさい。顔料を原料にした固形の絵の具」、「付立法:つけたてほう。輪郭なしに表す」、「右に倣え:みぎにならえ」

 印象に残ったフレーズの趣旨として、「ぼくはいったいどんな人間なんだろう」、「小さな手ごたえを感じていた」、「まじめは悪くはないけれど自然じゃない」、「絵に命を描く」、「水墨は森羅万象を描く世界。森羅万象とは、宇宙、宇宙とは現象、現象は、外にあるだけではなく、心の内側にもある」、「マグカップを文鎮代わりにする」、「(水墨画を描きながら)美は求めていない」、「蘭は孤独や孤高の象徴」、「青山君、あなたは、もうひとりじゃない(千瑛に泣いてすがりつきたい)」、「水墨画に『塗る』はない。『描く』のみ」、「究極の技法は、『線を引くこと』」、「絵は絵空事(現実ではない)」、「描いて見せたことは、この世界では教えたことになる」、「厳しい世界をくぐりぬけなければ超一流を続けられない」、「大切なことは描くことではない。自分の心をながめることが大切」、「彼女の絵には余白があった」、「(両親が交通事故死してからの)この3年間、ほとんど笑わなかった」、「ぼくは、満たされている」、「生きる意味を見出す」、「僕はもうひとりではない」。短い文章や決めゼリフにいいものがたくさんありました。

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