2019年07月07日

「レンファント」「逃げ水は街の血潮」

〇第124回文学界新人賞 2019年5月号 文芸春秋

「レンファント 田村広済(たむら・ひろなり)」

 男性育児の純文学という前知識をもって読み始めました。
 立会い出産から始まるのですが、自分もその体験があり、こんなふうだったかなと首をかしげましたが、個々で違いがあるのでしょう。
 タイトルの「レンファント」は皮膚科の薬の名称でした。まだあかちゃんの男の子に皮膚病があるようで、薬の名称が、強くなるごとに、アナファント→ベラドク→ブロバク→バリンドン→デラファントと続き、最終的にいきつく薬が、「レンファント」らしく、ほんとうは、そういう流れはいけないという書中、女医の説明が出てきます。知識がないので、よくはわからないのですが、強い薬を使うと、一生薬中毒のようになるそうです。ステロイドという薬剤は、自力で治そうとする治癒力を弱めてしまう副作用があるようです。医療関係者ではないのでよくわかりません。
 最初に戻って、立会い出産のときに、ギョーザを食べた後で口が臭いと奥さんの正子さんが怒ります。ユーモアとは思えません。小説のなかでの奥さんの存在がうすく、積極的に育児に関わりをもとうとしない奥さんです。ときに、ご主人もふくめて、これは、虐待の域に踏み入れているのではないかと思われるシーンがあります。登場してくる皮膚病患者男性の言葉に、「なんのために生まれてきたのか」みたいなものがあるのですが、それこそあかちゃんの翔太くんの言葉です。せっかく生まれてきたのに、両親には、どうも自分の誕生をよろこんでくれていない様子がある。母親は、赤ちゃんよりも仕事のプレゼンのほうが大事と言い切っています。
 翔太くんの皮膚の病気の患部の状態がひどい。スマホで育児のことを調べるのは今では一般的なのでしょうが、世代の差を感じます。スマホでそんなことをしたことはありません。昔は、病院で患者の状態を医師に見せてから医師の話を聞きました。スマホに依存しすぎではないか。
 女医からも妻からも突き放されて、弘明さんの孤独感は深まります。
 出てくる中学時代の同級生友人として、植田さんと戸山さん。
 男性の育休取得の話です。
 ロゼッタ=乳幼児向けの保湿剤
 なにかしら、奥さんの態度に腹が立ってきます。育児において、男子がここまで尻に敷かれていいとは思えません。
 弘明さん自身も右目の回りが皮膚病で赤くなっています。ストレスで、自分で、ひっかいたみたいです。
 昔読んだ向田邦子さんの「思い出トランプ」のなかの「酸っぱい家族」という作品を思い出しました。切ろうと思っても切れないものが「縁」、捨てたくても捨てられないものが、「腐れ縁」なのです。逃げられないから連れ添うのです。

 賞の発表ページをみていたら、受賞候補作の中に同じ作者が書いたらしき、「デルモベート」という作品がありました。こちらも赤ちゃん向けの皮膚軟膏のようです。

〇公募ガイド7月号 ㈱公募ガイド社
 こちらの雑誌に受賞者おふたりの文章があったので、あわせて感想を記します。
 飼い猫さんのことが書いてあります。本作品は、飼い猫さんとの合作かもとのことです。
 短編を選んだ理由、10年間のブランクなどのことが書いてあります。
 いつでも、書こうと思ったときが、書き時なのでしょう。


「逃げ水は街の血潮」 奥野紗世子(おくの・さよこ)

 地下アイドルものの短編のようです。まだ、最初の7ページ付近まで読んだところです。
 じぇじぇじぇのあまちゃんとか、最近もめたアイドルグループのことが頭をよぎります。
 ゴアゴアガールズのメンバーは5人。物語は、アイドルになりたくてなったわけではなくて、他人に求められたからアイドルになったという26歳クドゥ・モニのひとり語り一人称で進行します。私小説形式です。ほかのメンバーは、ウォー・アイ・ニー、アーバン・マイ、このふたりは外国人なのか日本人なのかはまだわかりません。ハーフもありか。そして、しゃべらない21歳星島ミグ(病気らしい)は、写真にとられるときだけ表情をつくります。
 プロデューサーとして、田村、振付師として、miHAL、文芸評論家として、田井中守、社会学者木村哲也、あと、どういう人なのか今のところわからないのですが、iPhoneとして、田中貴一、吉本誠、金城結衣、柳本智というのが出てきました。
 アイドルの個々を示すために、赤、緑、黄、水、ピンクの色分けがあります。「旅猿」を思い出しました。
 26歳の主人公はなんとなくグループのなかで浮いている。

 クドゥ・モニの名前は工藤朝子、社会学者35歳木村と付き合っている。付き合っているけれど、木村の装飾品扱いにされているような立ち位置あり。
 ゴアゴアガールズの5人目のメンバーが、ナイトメア・エミコ・スティルトン。
 まじめに努力してコツコツと暮らすということとは対極にある「退廃」のにおいがする内容です。健全な精神が失われていきます。作者は相当の覚悟をもって表現し公表しました。素材には、既視感がありますが、表現は新しくて迫力がある作品です。
 
 最近のアイドルはどうして、グループじゃないとだめなのだろう。この流行にもいつかは終わりのときがくるような気がします。

 人の生きる哀しみ(とくに女子)がにじんでいます。お金のために働く。

 26歳で、28歳とか、29歳の年齢にこだわりをもつ。年配者から見るとうーんとうなりたくなる。アイドルの世界では、ババアと呼ばれる年齢。

 上にのぼることはなく、下に深く下がっていく作品内容です。

 あらすじはあるようでありません。時間移動もあるようでありません。これぞ、純文学の文章です。

 気に入った表現の趣旨などとして、「メンバー同士の関係性は良くない」、「顔がかわいい変な女が好き」、「アイドルアンダーグラウンドクラブ」

 調べた単語などとして、「MC:総合司会者、番組の進行役、マスター・オブ・セレモニー」、「バズる:SNSで特定の話題が広まる」、「ミューズ:女神」、「ビルケンシュトック:ドイツの靴のブランド。サンダル」、「スクリレックス:アメリカ合衆国のミュージシャン。男性。髪型に特徴あり」、「タバコのフィルターについたグロス:口紅の上から塗る化粧品」、「ガールズバー:キャバクラとは違う。客の隣には座らない。女子がカウンター内でカクテルをつくる。会話を楽しむ」、「均して:ならして。平均する」、「出汁取り:だしとり」、「見せパン:見られてもいいパンツ、見せたいパンツ」、「shazam:グーグルの音楽アプリ」、「ブレードランナー:人造人間のSF映画」、「サードウェーブの果物屋:? コーヒーの場合は、ファーストがインスタントコーヒー、セカンドがスター・バックス、サードが本格コーヒー」、「ムスク:香水。ジャコウジカ」、「阿佐ヶ谷駅:あさがや。新宿の西のほう」、「中華料理屋のアネックス:別館、離れ」、「レーベルのカメラマン:レコード会社のブランド。ブランドは、価値が高い」、「クソビッチ:女性をひどくののしるときの言葉。みだら、あばずれ。英語語源、メス犬、性的にだらしない」、「ヴィトン:フランスのファッションブランド」、「毟る:むしる」、「スクショ:スクリーンショット。モニターの画像」、「サルベージ:データをとりだす」、「メンヘラ:精神的に不安定な人、心の病がある人」、「宥める:なだめる」、「三五缶:350ml缶」

〇公募ガイドの本人コメント記事から
 けがれたような作品内容とは異なって、正直で素直な受賞の感想に好感をもちました。芥川賞をとりたいという気持ちが伝わってくる作品でした。

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