ののはな通信 三浦しをん 角川書店

 99ページまで読みました。これは、女性同士の同性愛の本ではなかろうか。しまった。苦手な世界です。途中、教師が女性徒をたぶらかす話も同時進行で動いています。これはいかん。どうしよう。448ページもあるけれど、さっさと読んでしまおう。

 形式は、交換日記のような手紙のやりとりです。女子高生同士です。最初は自問自答のようにみえて、そこから深層心理をえぐりだす作品かと思いましたが、たしかに2名存在しています。高校2年生からスタートのようです。時代は昭和59年です。

 貧しいらしい野々原はな、舞台は横浜のようです。文通相手というか交際相手というか、もうひとりが牧田はなで妹がいます。みどりという名前です。帰国子女とあるのでお金はあるみたい。外交官か。

 フランチェスカが女子高の名称でしょう。

 短文の手紙の交換が続きます。448ページの終わりまで、この調子で進むのだろうか。たぶん進むのだろう。テーマはなんだろう。

 野々原茜は思春期の意識で破たんしていきます。自滅です。

 なんか、どんどん、すごいというか、ひどい展開になってゆく。

(つづく)

 読み終えました。

 長文が続きます。長い期間をかけて書かれた小説です。心情を吐露する(隠さずつまびらかにする)作品です。小説家としての強さを作者に感じました。途中、雰囲気が、夏目漱石作「こころ」を読んでいるような感じに陥りましたので、「こころ」を意識して書かれたのかもしれません。

 「墨汁:途中ボクジュウという表記でたびたび登場。湘南にあるらしき開明高校のこと」

 多感な女子高生時代をのりこえて、大学時代へと進行しますが、途中、20年間のブランクが生じます。

 印象に残った表現の主旨として、「男性の体で自分の体を試すという女の強気」、「ラブホテルのポイントカード」、「別れましょうの宣言」、「東大、早稲田、外交官の水準の高さ。イギリス生まれ、小学校はワシントン」、「子どもをつくるために行為をしていたが、子どもができないということがわかって、行為をする意味も目的もなくなった」、「大災害があったとしても日常は続いていく」、「だれかがいる感覚」

 お互いを傷つける言葉を発しながらもふたりの関係は続きます。長い年月がそれを成立させてくれています。女性同士の愛情であり友情です。最後まで読みましたが、その地点まできて、まだ、この小説は終わっていないと感じさせてくれます。
 途中、ふたりとも事件事故に巻き込まれて死んでしまうのではないかという展開を予想しましたが、40代初めぐらいのふたりが生きている限りは小説は完結しても物語は続いていきます。この物語は終わっていません。

 話の中身はけっこうつらい。「孤独」があります。

 再会してもそれぞれがそれぞれの今を語るしかありません。今の共通点がありません。アフリカの国の情報は読み手にとって必要な情報ではありませんが長文です。

 ただ、最後まで、同一人がふたつの人格で手紙を交換していたというイメージは消えませんでした。なので、感情移入がしにくかった。

 女性の闇の部分が描かれています。

 「平和」についても考えさせられました。

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