2018年06月16日

万引き家族 映画館

万引き家族 映画館

 観る前に予想していたよりも静かな映画でした。秘密につつまれた静かな映画です。

 カメラマンの視線で、映像の視界を追う鑑賞から始まります。
 万引きのてはずは、あうんの呼吸です。(話さなくてもふたりの気持ちが一致するタイミング)
 2000円ぐらいの品物に対して、「高い」というセリフに「買えばな」の返答には笑えます。

 児童虐待の素材は現在の社会問題でちょうど提起されておりタイムリーです。
 疑似家族の気配は始まってしばらくで気づきます。血のつながりが感じられない。(本来おばあさんのひとり暮らしなのに、おばあさんの年金を食い物にするために人が集まってきている。)
 民生委員のよねやまさんのお話で気配が伝わってきました。

 底辺の暮らしぶりです。生きることの意味を問う。幸せとは何かを考える。
 スリルがあります。
 心持ちの優しい映画です。
 田中邦衛さんの演技を思い出すリリー・フランキーさん
 役者としての演技上手な安藤サクラさん
 どうしてそこにいるのかという樹木希林さんの孫らしき松岡茉憂さん
 女の子のような左利き少年の子役さんとかわいそうな女児役の子役さん

 病んでいます。虐待。貧困。自殺企図の傷だろうか。(仕事と虐待のやけどでした。)つらいなあ。

 4番さんは、障害者だろうか。

 食べ物つながりがあります。最初のほうは見落としましたが(コロッケ始まり)、途中から、キムチ鍋に見えましたが実はすきやき、お麩(ふ)、ソーメン、とうもろこし、シュークリームみたいなものショートケーキらしい。あと、カップラーメン。やきそば、チャーハンもあったような。

 ゆびかくしの手品は久しぶりに見ました。こどもの頃に、死んだオヤジがやってました。

 樹木希林さんという役者さんがいなくなったらこの路線はだれが引き継ぐのだろう。
 クレヨン青塗りの絵に続く、5人の海での姿が、ハイライトです。それを見ている樹木希林さんがいます。でも、本当ではないおばあちゃんです。

 おふろのなかで歌っていた数え唄が伏線になる。
 捨てられたひとたちです。その捨てられた人がまた、仲間を捨てる。
 よりどころがない。
 空中に浮かんでいるような不安定感があります。

 不登校じゃないのに学校に行っていない少年へかけるアドバイスが、「外に出れば、出会いがある。」

 魚釣り、少年が左利きでの食事、ゲップのシーン、よかった。

 サイドストーリーとしての駄菓子屋ヤマトヤ店主柄本明さんとこどもとのふれあいが良かった。

 劇中のしみじみとしたセリフとして、絆ってなんだろう。なにが、人と人をつないでいるのだろうというのがあります。こたえは「お金」と返ってきます。きれいごとではなく、やはり、まずは、お金です。


続けて、本も読んでみました。

万引き家族 是枝裕和 宝島社

 映画の冒頭では万引きしたみかんをその場でむいて食べていると勘違いしました。本では試食用とあります。

 万引きが見つかって捕まったら、すべてが崩壊するという危機感をはらんで進行します。

 虐待されていた女児の居場所が画面ではわかりにくかったのですが、あとで、ベランダをおおう塀囲いのすき間から見えていたとわかりました。
 めんとむかって、親から「産みたくて産んだんじゃない」と言われたら、子どもはたまりません。だったら産むなよです。

 「爪」の連続性がいい。

 良かった表現の趣旨として、「他人の幸せにケチをつけると胸がスッとする。」、「いたいのいたいのとんでけー」、「自分に守りたいものができた。」、「営業スマイル」、「仕事あきらめて、家族(ほんとうはちがうけれど)とすごす時間を選択する。」、「(血縁よりも)自分で選んだ方が絆が強い。」、「家にあったのはおとなの打算(損得勘定)」、「これからどこにいこう。」
 
 味方だと思っていたら実は敵だったということはたまにあります。

 少年は小学校に通っていない。4年生ぐらい。

 映画の映像で見落としたこと、聞き漏らしたことを補充する読書です。小説は、台本内容で、進行していきます。

 娘の名前の由来「さやか」が判明しました。錦糸町という場所はそういう街なのか。「テンガ:アダルトグッズ」

 100ページ付近、ここまで読んで、底辺で暮らす人々の気持ちをそれで良しとしている。未来への希望が見えてこない作品です。継続でとどまっています。
善意を逆手にとって、相手をだまして、相手から銭や物を盗る。最低の暮らしと行為がありますが、人間生活ってそんなものというメッセージを否定できません。そういう点で、全面賛成、すべて高評価とはいきません。

 本当の家族じゃないから、少年は、常に自分の立場を確認しながら幸せでいようと努力している。

 スイミーのお話はよく理解できませんでした。海で小魚たちが協力して大きな魚を追い出す物語らしい。(こざかなが集まって、巨大なさかなの形をつくる。)

 本には、映画には出ていない登場人物の過去とか心情が出ています。

 夫から妻に対する暴力、親から子どもに対する暴力。深刻で暗い。

 少し、作品「八日目の蝉」を思い出します。

 樹木希林さんのもつ理屈として、今、幸せである人は、その幸せの犠牲になった人間に慰謝料を払わなければならない。(だから寄付をしようという呼びかけと受け取るのは深読みかもしれませんが。)

 虐待した親は虐待された子どもにいつか仕返しされる。

 映画を見たときは、万引きしたあと逃げるシーンで、どうして袋入りミカンを捨てて逃げないのか不可解でしたが、本には若干記述がありますが、真相はわかりません。(少年の声として、わざとつかまったというものがあります。だからみかんを捨てることができなかった。樹木希林さんがいなくなって疑似家族は解散の時期を迎えたと少年は悟ったととるのか。)

 警察とか役所に対する対抗心、反発心があります。(公権力に対する対抗心です。)
 
 「母」とはなにかを考える作品でもあります。産んだだけでは母にはなれない。

 親子は、思い出をいっしょにつくらないと親子になれない。

最後は、喪失感でした。(大切なものを失ったときのむなしい気持ち)

 映画のラストシーンで勘違いしたのですが、女児は、引っ越しをして、引っ越したあとの住宅にいると勘違いしました。同じ住宅でした。結局、最初に戻った。それが、喪失感につながります。

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