2017年06月27日

サイレント・ブレス 南杏子

サイレント・ブレス 南杏子(みなみ・きょうこ) 幻冬舎

 書店で、帯とカバーを見て、終末期医療が素材とあり、病気で亡くなる方の亡くなる直前を看取る内容だろうと推測し、暗いなあと伸ばした手をひっこめましたが、書店を訪れるたびに読んでみようかという気になり購入しました。
 サイレント・ブレス=無音呼吸でいいのだろうか。あるいは、無呼吸

 主人公は、水戸倫子(りんこ)という女医で、大学病院で10年間働いていたのですが、本人曰く左遷同様に人事異動させられたという設定で、東京三鷹というあたりにある「むさし訪問クリニック」で働き始めます。

 事例として、6例が、短編となっています。文章は読みやすい。
 文量が足りないのではと思いつつも、上手に省略・簡略化してあって、いまどきの忙しいビジネスマンが読む用の小説形式・構成かと思いました。人物も周囲の人の主張や突出を押さえて、主人公の考えで、図太く進行していく方式です。
「1例目 末期がん」
 患者は45歳女性未婚プライド高い。
 死を受容する5段階(否認-怒り-取引-抑うつ-受容)の先にあるもの。
 最後はそこにたどりつく。
 納得の一作でした。
「2例目 筋ジストロフィー」
 患者は22歳の男性。母子家庭。
 (呼吸用のホースがはずれたら)そのときは仕方がないよという患者の心理は、(もういつ死んでもかまわない状態・状況にあるよ)と聞こえた。
「3例目 遺体の防腐処理」
 親を金ずるにして食い物にする息子の話。世の中にはその逆もあるけれど、よくある家族のワンシーンです。この世は、無情です。
「4例目 駅に置き去りにされた推定10歳の女児」
 この項目だけは、主体が終末医療から離れますが、水戸倫子医師の父親がその客体として徐々に登場してきます。
「5例目 大学病院権威者」
 死の期限が判明した時、死ぬ本人は最後に何がしたいか。何をするのか。
 ページ数も長く、ここがこの本の肝(きも。重点主張部分)でしょう。
 死を目前にして、何をしてきたのかを振り返る。他人に対して貢献してきたのか、家族に対してサービスを提供してきたのか。自分のために生きたのか。人のために生きたのか。いろいろ考えて、後悔して、後悔しても挽回はできないわけで、観念するしかないのです。
「6例目 父親を自宅で看取る」
 作者が水戸医師にのりうつって、父親との関係を語る部分が圧巻でした。

 身近にいる親族の苦悩が浮き彫りにされている作品でもありました。
 ネグレクト(育児放棄)です。

 調べた語句として、「胃ろう:手術で、口以外の部分から胃に栄養分を入れる」


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