2017年06月13日

ハリネズミの願い トーン・テレヘン

ハリネズミの願い トーン・テレヘン(オランダ人) 新潮社

 帯にあるコメント「本当は友だちがほしい。そんな人の背中をそっと押してくれるあたたかい本」というのが、この本のなかみのすべてです。
 子どもさん向けの童話という位置づけがあります。
 だから、おとなの目線で読み始めたので、途中まで、何のことかわからず、意味をとれませんでした。
 ファンタジー(幻想)でした。秀作でしょう。

 ハリネズミは、自分の体の表面にあるハリが嫌いです。それが、コンプレックス(劣等感)です。
 だから、友だちをつくりたくても、ハリが邪魔になって、友だちをつくれない。あるいは、つくることに臆病になる。

 この本では、ハリネズミが、いろいろな動物とか昆虫とかに「うちに遊びにきて!」という手紙を書きます。書きますが発送はしません。
発送したとして、受け取った彼らがハリネズミの家に遊びに来たと仮定して、どんなふうになるかということが書かれています。

 ハリネズミのハリは、ときに「迷い」でした。また、相手を威嚇する武器でありつつ、自分を守る道具でもありました。それは、人間を擬人化したものです。
ハリがあるから、友だちが寄ってこないという意識が、「孤独」でもいいという気持ちにつながっていきます。

 実際は、だれも招待していないから「空想」の記述です。みんなが来たらこうなるという期待と懐疑心があります。そして、明確には書いてありませんが、ハリネズミは、矛盾するねじれた気持ちに苦しくなることもあります。読み手との気持ちと同調、響く部分です。

 わからなかった言葉として、「ゾウがするピルエット:バレエ用語で回転する。片足で回る」

103ページにある「ふたつの半分の孤独」付近は、二重人格とか、「存在」の確認とか、哲学的でした。

(つづく)

 読み終えました。
 最初、子ども向け童話と思ったのは、そうではなく、老人が過去をふりかえるような内容でした。
 最終的にハリネズミは、リス(配偶者あるいは親友としての)との出会いと団らんで、あたたかい気持ちになり、永い冬眠に入ります。

 途中、体の殻(たとえばカタツムリのカラ)、カメの甲羅(こうら)、ハリネズミのハリなど、自分を包んで、守るもの、あるいは、他者を拒否するものの話が出ます。微妙に、人間の心理を表しています。

 ときおり、カタツムリとカメが並んで歩くシーンが登場します。ふたりともゆっくりだけれど、カメがカタツムリに「遅い」と言うこともあります。
 ゴールについてしまえば、途中経過の遅いとか速いは関係がないということを意味しているのかなと推察しました。

 最後の解説部分を読みながら、訳者は30年もオランダ生活をしておられる日本人で、おどろきました。

 登場した生き物たちです。カワカマス、コイ、クジラ、サメ、モグラ、ラクダ、シロアリ、ヒキガエル、サイ、ゾウ、クマ、ダチョウ、アリ、チョウ、キクイムシ、スズメバチ、アナグマ、以降、これに続く生き物は、疲れて、書き取りをやめました。

 独特な表現です。<いまは>は不安でまわりを見回す。<まだ>は、規則正しいステップで回る。<当分>が一緒に踊る。<ありえない>、<ずっと>、<一度>、<も>、つまり、<いまは、まだ、一度、も>

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