なにがあってもずっといっしょ 2017課題図書

(1回目)
 サスケというなまえの犬がいます。
 サスケは、サチコさんという中年女性に飼われています。
 小学生の下校時にサスケに声をかけてくるこどもたちがいます。
 声をかけてくる小学校低学年のうち、女の子は、サスケを「あんず」と呼びます。男の子は、「チュージ」と声をかけてきます。だけど、サスケは、自分の名前は「サスケ」だと主張します。でも、犬の言葉は小学生たちには理解できません。

 ネコが登場します。ネコは太っていて、態度もでかい。
 ネコがなんの関係で登場したのか、このときの本読みでは理解できませんでした。

 「信じる」というキーワードがあります。
 サスケが、飼い主のサチコさんの帰宅を信じるということです。
 サスケが、サチコさんに、捨てられていないといことをサスケが信じるということです。

 昔の作品で、「吾輩は猫である」という小説がありました。
 小説のジャンル(分類)としては、その系統に入る作品です。
 人間が動物の姿に変わって、なにかのメッセージを送るのです。
 「交流」とか、「(疑似)親子関係」もあるようです。

(2回目の本読み)
 短いので、もう1回読んでみました。
 絵はかわいい。

 犬を飼っている小学生向けの本だろうか。
 犬以外のペットを飼っている小学生もいるでしょう。

 「サチコさんはイヌのことばがわかる」というのは、「イヌのきもち」がわかるということです。
 思いやりの心がないと、あいての気持ちはわかりません。
 思いやりのきもちは、たくさんの体験から生まれてきます。悲しいおもいをしたことがある人ほど、やさしいきもちをもつ人になれます。
 
 こどもを犬に擬人化しているわけではない。

 飼い犬と散歩をしたことがある人には、物語の内容が実感できるでしょう。

 イヌもやきもちをやきます。

 サスケは、家の敷地を飛び出しました。
 サスケにとっては、冒険です。
 ただ、ネコにとっては、フツーのことです。

 うーむ。なんだろう。
 「信じる=食べ物や愛情を与えてくれる飼い主に対する依存」があります。
 それを「忠義」と言う人もいます。
 
 サスケには、きゅうりも食べる「食欲」があります。空腹だからです。

 イヌのことば、人間のことば、ことばにたいするこだわりがあります。

 飼われている犬は、自分で、食料を確保できない。確保する意思もない。
 それを是(ぜ。あたりまえのこと)とするのは、秩序ある平和な世界のなかにいるからです。
災害や戦争の渦中では自活できないと放置されます。
 だからイヌは、飼い主に感謝します。そして、ネコはイヌを軽蔑します。イヌの首にはロープ(リード)がつけられていますが、ネコの首には、ロープはありません。
 イヌは、ロープを「自由」だと誤解しています。
 移動の自由を奪う束縛だとは考えていません。

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