2017年05月02日

ばあばは、だいじょうぶ 2017課題図書

ばあばは、だいじょうぶ 楠章子 童心社 2017課題図書

 この物語の感想は、こどもさんが、こどもさんの立場で書くほうがいい。
 わたしが書くと、おばあさんの立場で書くことになります。
 おばあさんの立場で書くと、家族に迷惑をかけて申し訳ない。
 わたしの存在は忘れて、みんなで幸せにお暮らしなさいとなります。
 つまり、どこか、鍵のかかる病院か、鍵のかかる施設にでも入れてください。わたしのことは忘れてください。
 もとより、認知症で、何が起こっているのか、自分でもわからないわけですから、わたしがなにか思うことはないわけです。
 ただし、このごろは、高齢者の数が増えきて、自宅で看取られる(みとられる。死を迎える)ことが優先になってきました。だから、自宅で亡くなる人が増えてきているように思います。であれば、ぼけないように頭の訓練を続けていこう。そんな感想文ができあがります。それでも人は認知症になります。

 孫のことをなんでも許すのが祖母の基本姿勢です。
 そこから考えると、祖母が認知症になったら孫が祖母をいたわる番です。
 しかし、認知症にはこわい面があります。
 介護の終わりがなかなか見えないのです。
 身内の許容が続きます。
 耐えきれなくなって共倒れになることもあります。
 耐えるという意識を消滅させなければなりません。
 これがふつうと思えるまでにどれだけの忍耐がいるのか。それは、子育てに似ているけれど、未来がない分、子育てよりつらい。

 書中では、記憶を失わないようにと、ばあばが書いた大量のメモが見つかります。
 病気には勝てないのです。せつないものがあります。
 三世代の交流が薄くなった現在、この物語のシーンを理解できる孫世代がどれほどいるのかわかりませんが、介護体験は昔と比較して薄くなりました。どちらかといえば、親子・夫婦・単身で苦労する時代です。なかなかむずかしい素材です。


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