2017年02月04日

コンテクスト・オブ・ザ・デッド 羽田圭介

コンテクスト・オブ・ザ・デッド 羽田圭介(はだ・けいすけ) 講談社

 路線バスの旅を見るのが好きで、著者が、太川、蛭子の後継ぎかもしれないと聞き、本を手に取りました。なんだか、ホラー小説のようですが、読み始めてみると、新人文学賞受賞小説家の受賞後の創作販売活動がぱっとせず(売れない作家)、小説家として、おまえは死んでいる状態が綴られ始めました。タイトルの意味は、死者の状態イコールゾンビと、とりあえずとらえて読み始めました。まだ、25ページ付近です。

 第一部と第二部に分かれています。
 新人賞受賞後10年が経過した33歳の男性小説家(純文学)がKといいます。今となっては、彼にとって唯一の男性担当者が、須賀(28歳)といいます。

 同じようで同じでない新人賞受賞作家、桃咲カオルが出てきました。本名は、なんとか理恵で、夫が浩人(ひろと)らしい。最新作「三八度の水」

 なんか、業界裏話風で、興味が湧きつつ読んでいますが、どの業界もたいへんなことが切実に伝わってきました。

(つづく)

 第一部を読み終えたところです。
 けっこう棘(トゲ)のあることが書いてあったことに驚いています。業界内の裏話をここまで書いて仕返しはされないのだろうか。読んでいると、出版界とか小説家志望の人の物悲しさがつまびらかになるわけで、どこの世界も稼ぐのは大変だと共感しつつ、残念な面もあります。また、著者の愚痴にも聞こえる。ただ、面白い面も同居しています。

 ゾンビの記述が大量に出てくるのですが、自分はこの小説を読んで、何を感じたらいいのだろうかと今も考えています。
 ことに社会福祉事務所生活保護担当ケースワーカーの登場は何を意味するのだろうか。まだわかりませんというか、よくわかりません。公務員擁護の影があります。
 また、九州弁、長崎、博多の登場もよくわかりません。
 売れない純文学新人賞受賞作家は、その職を「あきらめる」という選択肢はないのだろうか。Never give up にも限界があります。

 登場人物は、ゾンビの数と比例しながら次々増えていきます。
 夏目漱石の登場は何を意味するのか。第二部に突入しました。

(つづく)

 読み終えました。長かった。疲れました。
 タイトルの意味は、自分なりに、新しい作風、作品を産みだせない、最近の文学賞作品に関して、「死んでいる」、「ゾンビのようなもの」として、その要因あるいは象徴的なものとして、「コンテクスト=文脈」としていると思いました。

 日本=文学界で、文学界は、ゾンビだらけになってしまいました。(過去作品、名作の焼き直し作品ばかり)
 単一民族の壁を破る。
 救世主が現れる。従来の純文学の文脈を打破する。従来の文脈に現在の関係者は固執している。だから、新しい文脈が産まれづらい。生まれようがない。
 現代人は、「存在しない魅力」に化かされている。(詐欺行為につかっているともいえる。)
 作者は、「ゾンビから人間に蘇ろう(よみがえろう)」と訴えている。
 以上のように、著者からメッセージを受け取りました。

「ゾンビ:死体のままよみがえった状態である人間の姿をしたもの」、「QFRONTビル:キューフロントビル。渋谷にある商業ビル」、「治験アルバイト:新薬の実験台モデルとしてバイト代をもらう」、「リーダビリティ:広告用語で、読みやすさ」

良かったフレーズとして、「老人サロン化した病院」、「今の若者は、車に乗らない、酒を飲まない、ソフトドリンクを飲みながら、まとめサイト(わたしには?なんのことかわからない)を見ている」


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