2016年12月13日

発達障害の僕が輝ける場所をみつけられた理由 栗原類

発達障害の僕が輝ける場所をみつけられた理由 栗原類 KADOKAWA

 本を読む前に、「オギャーと産まれて、誰しもが、自分の居場所探しをすることが人生」、と思いながら読み始めました。半分ぐらい読んだところで、感想文を書き始めます。

 彼の障害は、注意欠陥障害ADDから始まります。なんのことかは、わかりません。彼の経歴は普通ではありません。父親はイギリス人、母親は日本人、父親は生後まもなく2週間ぐらい家にいただけ。両親に婚姻関係はない。アメリカ合衆国とイギリス国を行ったり来たり、学校は留年したり、いじめにあって登校できなくなったり、高校受験に失敗したりです。この本を読む前に、「夜間中学校」の本を読んでいたので、2冊の本のイメージがつながりました。学ぶとか、学び方のアメリカ国版の手法があります。

生い立ちにおいて、国際色が豊かです。

 障害の表れとして、無表情(こういう役を演じるときははまり役)、人間に興味が湧かない(なのに役者を目指すことが読み手としては不思議です。また、SNSの場で、英語と日本語を駆使して他者と交流できたことはすごいことです)。集団行動は苦手、日々の暮らしにおいて、日常生活の管理能力が著しく劣るとあります。
 ひとつのことにはまるが、そのほかのことには無頓着になる。

 「障害」と「仕事」をつなぐ内容です。サラリーマンはできないと記事がありました。コツコツと時間をかけて、規則正しく生活を送って、いろいろなものに縛られて、いいものをつくるということができない。

 文章は長文です。英語表記ぽい。母親の助けも借りて書いた文章でしょう。

 アニメ洋画「ファインディング・ニモ」は以前観たことがあります。彼にとっては、人生の指針を与えてくれた映画です。おさかなのニモも、短期の記憶をなくす障害の症状があります。

強烈な一言として、「父親がいなくてよかった(全国の父親がへこみます)」、「(しょせん人間は)他人の立場に立って(その人のことを思いやるようには)なれない」、「寝ることで、なにもかも忘れしまう。(彼は、高齢者になったとき、どういう人になるのだろうか)」、「日本人は時間にうるさい民族。他の国はそうではない。」、「他人の行動に口をはさむのは幼稚な証拠」

 母子家庭の暮らしなのですが、昔観た洋画を思い出しました。タイトルがむずかしかったので、タイトルを思い出せませんが、障害男児のお話でした。理解ある、愛するパパが9・11テロの犠牲になって亡くなります。男児は、部分的にすごい集中力がある能力をもっています。男児は、パパを尊敬していましたが、ママを見下していました。ラストシーンは胸が熱くなりました。母親の愛情は深い。
 本書の場合も具体的な生活状況を読むと彼の生活実態はかなり深刻です。

 救いとして、読書が好き。読書感想文を書くことが好き。
 孤独だった人、こどものときから年上の大人の人たちに囲まれて育ってきた人という印象が残りました。

 大学進学へのこだわりがあるのですが、学力がともなわないのであれば、大学に進学すべきではありません。大学卒だけが選択肢ではないということもあります。

 本人と母親と主治医と芥川賞作家の合体した本です。発達障害を素材にして、多面的に物事を考える提案書でした。

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