2016年12月11日

夜間中学へようこそ

夜間中学へようこそ 山本悦子 岩崎書店

 夜間中学と聞けば、山田洋二監督作品の映画を思い浮かべます。名優さんたちの心あたたまる演技がありました。
 同じく夜間でも、定時制高校ではなく、「夜間中学」。義務教育ですら卒業できていない人向けの学校です。
 何十年間もあたためてきた構想に基づいて完成に至った小説と受け止めました。

 13歳中学1年生沢田優菜さんの祖母76歳が夜間中学に行きます。付き添いである優菜によって、夜間中学での学習環境が紹介されます。
 第二次世界大戦の混乱で学校教育を受けられなかった人。小学生時代のいじめが原因で不登校になった人、日本に働きに来た外国人などが夜間中学の生徒です。
 年齢も国籍も幅があります。だから、人と人がふれあうぬくもりがあります。夜学の場合は、昼間働いて、夜、学校で学習です。

 生涯学習に対するメッセージがあります。反戦メッセージもあります。時代背景的には、40年から50年前の日本です。
 今、夜間中学は、何校くらいあるのだろうかとネットで調べてみました。大都市を中心に何十校かありました。
 今と昔では、時代背景と社会構造が違いますので、人の関係も違います。本作品の中のような世界は過去なのだろうと思いながら読みました。
 76歳の方の学習設定には無理があるのですが容認はできます。付き添い優菜の教室にての同席は許可されないような気がします。また、13歳、反抗期近くの中学生がおばあさん孝行や親孝行をするとは思えないのですが、小説ですからこだわることもないです。

 中学生向けの本です。勉強しようというメッセージがあります。学校小説ですから、学びを考えます。

 同じ境遇と意思をもつ仲間の一員として生活していく。善人がそろっている中で、「斉藤和真16歳」だけが異質です。いじわるです。心がひん曲がっています。

 読み書きのことが少し書いてあります。思うに、大学卒の人でも、日頃から読み書きをしていないと、永年経つうちに、読み書きができなくなります。
 しゃべることはできても文章や漢字を書くことはできなくなります。毎日の習慣が大事です。

(再読)
 読み終えて、最初に戻って、もう一度読み返してみました。
 タイトルを間違えていたことに気づきました。「夜間中学へ」というタイトルだと思っていました。「夜間中学へようこそ」でした。

 著者プロフィールを見て、以前同著者の作品を読んだことがあるのを思い出して、記憶媒体で探したらでてきましたので、ここに落としておきます。

がっこうかっぱのイケノオイ 山本悦子 童心社

 この本は、登校拒否を防ぐための本です。作者は、こどもたちが、学校を好きになるようにという願いをこめて、この作品をつくりました。
 「イケノオイ」はカッパの名前で、カッパは学校の池にいます。おそらくブラジル人であるアンドレくんが、日本人の「りく」くんが言った「池の匂い(におい)」を聞き間違えた「イケノオイ」が由来です。
 冒頭で、スピーチの話が出ます。児童は毎日順番に教室の前に出てスピーチをしなければなりません。くそっくらえ!です。酷(こく)なことです。できる人とできない人がいます。できたとしてもうわべだけです。嘘をつくための練習をするようなものです。あんのじょう、みかちゃんは、なにも話せません。泣けてくるだけです。ところが、そういう内向的なこどもがおとなになって、アナウンサーのような職業に就いたり、女優さんになったりします。未来はわからないものです。その世界が、本の中にあるイケノオイ、かっぱの世界なのです。悲観してはいけません。
 ブラジルの大人たちは、稼ぐために日本に来ます。こどもに教育を受けさせるために日本に来ているのではありません。だから、こどもを学校へ通わせない親もいます。18ページと19ページには人間にとって大事なことが書いてあります。アンドレにそれはかっぱじゃないと教えるりくです。でも、固定観念から脱出できないりくは、かっぱをカエルと言い張ります。そして、日本人のりくは、残酷です。かっぱを捕まえて、ケースに入れます。束縛は自由への反旗(はんき)です。アンドレは逃がせとりくを説得しますがりくは従いません。強欲です。
 かっぱが連れて行ってくれた池の中の世界が、そのまま池の中だけで終わったら悲劇です。夢は水の泡(あわ)です。
 先日、「愛しの座敷わらし」という小説を読みました。良作です。座敷わらし=かっぱです。どうやら日本人には、過去への回帰が必要なようです。


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