2016年09月08日

(再読)朝が来る 辻村深月

(再読)朝が来る 辻村深月 文藝春秋

 読みたい小説がなくなりましたので、再読することにしました。1年をとおして読書をしているとそういう時がたまに訪れます。
 先回の本屋大賞では、作品の質では、この作品が最高だったと思います。ただし、本屋大賞の選考の基準は、作品の質ではなく、これからの作家への期待度のようなので、選ばれなかったと思っています。あと、毎回疑問をもつのですが、審査する人が本当に全部の候補作品を読んでいるとは思えません。
 本作品は、その後テレビドラマ化されましたが、深夜の放映だったので見ていません。

 134ページまで読みました。言葉に命が吹き込まれています。ときおり涙しました。ミステリー(不安と期待)の要素がたっぷりと盛り込まれた作品です。いくつかの表現です。うまいと思わせてくれたり、感動したりしました。
 取材の成果が文章に表れています。「ロケットのようにそびえたつマンション群」、さらに、「マンションの階層で、収入の階層がわかるという表現」、「万人が毎日話題にして興味があるお金のこと」、「人間は怖いということ、そして、他人は他人ということ」、「佐都子(主人公母45歳)は、覚悟していた。」、「風貌が変わってしまった実母20歳」、「脅迫は脅迫にならない(養子であることを周囲に隠していない)」、「子どもができない親の苦悩」、「精子がないと決まったわけではない」、「基礎体温を測ることをやめた」、「ベビーバトン(あっせん団体名)」、「親が子どもを探すのではなく、子どもが親を探す制度」、「誰も何も言わない」、「親バカ大会」、「障がいがあったとしても、この子じゃないとだめなんです」、「沈黙が会場を満たしていく」、「朝が来た。この子はうちに朝を運んできた(長く暗いトンネルを抜けた)」、「体温の高い若い手だった(15歳の手を指して)」、「乳幼児の養子の養育に育休制度はない」、「朝斗はふたりを信じている(養父母を信じている)」、「21週と6日を過ぎると中絶ができない」、「家族、親戚って、なんだ」、「両親は、あきらめるという形で娘を許した」

 読み応えがある文章量です。全体で、346ページです。
 特別養子縁組制度で我が子になった朝斗くん5歳に、彼を中学3年生で産んだ実母から電話がかかってくる。そして、子どもの返還か、お金での解決を要求してくる。スリリングな展開です。だけど、最初の他の親とのトラブルを含めて、再読なので、安心して読めます。

(つづく)

 小学生の頃に栃木県に住んでいたことがあるので、実母となる片倉ひかりファミリーが住む都市名がわかるので、読んでいてリアル(強い現実感あり)です。また、その後の舞台となる広島市内も車で走ったり、市電に乗車したりしたことがあるので地理がわかるので身近に感じます。

 中学1年で同級生男子と付き合いだし、2年で妊娠、3年で出産。個々が個室で暮らす戸建での生活は家族という集合体にしてはバラバラです。家族とは、与えられるものではなく、能動的につくるものであることがわかります。娘は、教科書通りの教えをする母親を攻撃しています。体裁をかまう親子ではいけない。

 朝斗くんのこれからを続きで書いて、さらなる1本の小説を仕上げてほしい。同作者の名作「ツナグ」を思い出しました。

 妊娠した(させられた)女子は、妊娠させた男子に憎悪の心理が生まれ、おそらく一生、女子は男子を呪い(のろい)続ける。

 親はつらい。娘ふたり、家出をするみたいにして家を出ていって、夫婦ふたりの戸建の家の中は静かで、意味のない時間が流れているのだろう。

 ひかりの両親はなぜ、栃木から広島にいるひかりに会いに行かないのだろう。自分ならばそうする。とても、ふたりとも教師とは思えない。教師の資格がない。(あとで、気づいたのですが、作者は、「中学生で出産しなかったひかり(失敗しなかったひかり)を見ていたと表現しています」

 ひかりは、ヤクザに追われる身になった。警察に相談すればいいのに、そのすべを知らない。教えられてこなかった。生き方を教えられていない。

 この作品を貫いているのは「誠実さ」であることに、後半になって気づく。

 記述がどこもかしこもリアルです。作者自身の体験も織り込んであるのでしょう。

 最後はまたしても感動しました。そして、再読して、初めて、仕掛けが解けました。栗原佐都子さんは、特別養子縁組制度で、中学3年生の女子ひかりさんが産んだ今6歳になった朝斗くんと同時に、朝斗くんを産んで、今20歳になったひかりさんという、ふたりの人を自分の子どもとして迎えたのです。
 長い間、こどもができなくて悩み続けた佐都子さんは、ふたりのこどものお母さんになったのです。素晴らしい! ひかりさんは、生きていて良かった。自殺しなくて、良かった。


2016年1月10日記事
朝が来る 辻村深月(つじむら・みずき) 文藝春秋

 「朝が来る」というのは、こどもができない夫婦が、長いトンネルを通過するような体験を経て、最後に、特別養子縁組制度で、あかちゃんを家族に迎えた瞬間を指します。暗いトンネルを抜けて、朝が来たのです。40代栗原佐都子(さとこ)・清和さん夫婦は、養子としたあかちゃんに「朝斗(あさと)」と名付けました
 怖い話です。朝斗くんが幼稚園5歳になって、彼を産んだという女性が、栗原夫婦に迫ってきました。子どもを返してほしい。それがだめなら、お金が欲しい。さらに、読み始めてみると、その女性は、どうも、朝斗くんを産んだ女性ではないのです。夫婦からみて、「あなたはだれ?!」というスリルがあります。

 第一章、第二章とあって、そこが栗原夫婦の事情でした。今は、第三章を読んでいます。とても長い章で、170ページぐらいあります。第三章は、朝斗くんを産んだ14歳中学二年生片倉ひかりの事情です。

 この作品に限らず、この作者さんの作品を通して、読者に伝えたいメッセージのひとつに、母と娘の対立や葛藤があります。娘は、母親に対して、母親はわたしを理解してくれないと主張します。世間体を優先して娘のことを考えてくれない。
 わたしは主人公と違って、男性であり、成果が見込めるなら、嘘も方便という妥協型のためか、なかなかわからない潔癖な世界です。(作品中では、真面目で潔癖な家と表現されています)ですので、それを横においといて、これまでの感想を並べます。

 いつかは、映像化(ドラマ化、映画化)されるであろう作品です。(でも、読むのが一番いい。)
 メッセージとして、子育てにおいて親は、①筋を曲げない。②話し合う。③強い存在でいること。④性の話をあからさまに話せる親子・きょうだい関係を築く。などがあります。本作品イコール、性教育を無難に乗り越える教科書のようでもあります。

 特別養子縁組制度を巡るトラブルに関しては、法律で根拠があろうことから法律に従う手法で困難を乗り切ることが基本だろうと考えます。(肝心の法律を知りませんけど)
 コーディネーターの浅見さんがときおり登場しますが、まだ、本格的なものではありません。

(つづく)

 冒頭付近は、重苦しくて、読むのがつらかった。他の母親とのこどもをめぐるトラブルは、ちょっとおおげさかと思いました。ただ、ありえないことではありません。現実には、金で決着というよりも、互いに干渉・交流しなくなることが多い。
 展開は劇場的です。ここまで大きな騒ぎになるとは思えない。

 妊娠・出産した女子中学生側の立場をみて、両親がふたりとも教師という設定は、どうなのかな。教育のプロですから、失敗がないとは言い切れませんが、子を預けている親としては不信感や不安を抱くでしょう。
 中学生側の家庭は、被害者なのに、周辺の親族関係も含めて崩壊していきます。
 本来の責任は、避妊せず妊娠させた男性側にあるのに、男性側の一族はのうのうと暮らしています。そこが女子側の弱い立場になるのでしょう。男側に対する復讐があってもいいとさえ思わせてくれます。
 224ページ付近から続いていく実子との別れのシーンは、あまりにも悲しい。妊娠中、中学2年の片倉ひかりが「ちびたん」と名付けて話しかける胎児は親族内でなんとか育てていけないのかと思う。232ページ付近では、子どもって何だろう?!という気持ちにさせられます。泣けます。

 結婚したからといって、すべてのカップルに子どもができるわけではないと知ったのは、自分自身が結婚してからです。周囲にいる夫婦をみて、感覚的に、10組に一組は子どもができないような気がします。その人たちの苦しみは大変なものであろうと察します。
 自分自身、子育ては、気が遠くなるほどの忍耐の積み重ねと思いながらやってきました。いいことばかりではありません。子どもができないならできないで、運命として、そういう人生を歩んでゆくものと思ったことがあります。
 次に養子制度についてです。昔から、養子というものはたくさんありました。珍しいものではありません。身近です。
 本作品の中では、養子がこどものときから養子にあなたは養子であると教えておく。養子であっても、実子のように育てているという愛情を注ぐとあります。正解だと思います。隠さない方がいい。血がつながっていても、子どもがこの人は自分の親ではないと思えば親ではないし、血がつながっていなくても、子どもがこの人は自分の親だと思えば親です。

(つづく)

 308ページ付近、ヤクザの登場あたりから、特別養子縁組制度とは関係のない話になっていく。惜しい。予想していた展開とちょっとズレが生じている。もうひとつ、別のパターンがあった。テーマが、女性の一生、女性の生き方にすり替わります。女性を追求する物語に転換してしまいました。(のちに、作者にうまくしてやられる結果になります。)

 もう、残り5ページぐらいです。子を産んでさまよう片倉ひかりは、もう死ぬしかないなあと、読んでいても、行き詰まりです。読者も同感してしまいます。

 読み終えました。
 子どもは、社会全体で育てていく。
 いい作品でした。すばらしい。「朝が来る」のです。朝斗くんが柱になって、みんなを助けてくれました。

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