2016年07月06日

復讐するは我にあり 邦画 DVD

復讐するは我にあり 邦画 DVD

 映画を観る前に読み終えた本が、「硝子の太陽R」であり、殺し素材が続きました。このあと読むのが「硝子の太陽N」なので、さらに殺しシリーズが続きます。そういう時期の流れが今日この頃です。

 たしか直木賞作品の映画化でした。もうかなり古い。1979年版です。もうこういうタイプの映画は、これからは、はやらないのかもしれない。深刻で、暗い。そして、重い。

 連続殺人犯人が逮捕されるまでの78日間を描いた映画です。逃亡犯とされていますが、昭和30年代当時の交通事情、情報管理、通信手段の不便さなどから、逃げているという様子があまりありません。

 キリスト教徒を巡る世間の差別を端に発した父親に対する息子(連続殺人犯)の失望があります。少年からおとない成長した主人公は、世の中を不条理なもの(矛盾むじゅん。良識や理性の結果ではない動き)として、犯罪、主に詐欺、殺人に手を染めていきます。彼は生まれながらに殺人鬼であったわけではありません。

 生きていても面白いことはない。哲学的なセリフです。答えのない疑問です。人間の本質を問う作品内容です。人間の心は、「善」か「悪」か。答えは「悪」なのでしょが、大部分の人たちは、「悪」の部分を表面に出さずに暮らして亡くなっていきます。ただし、そうではない人たちがほんの数パーセントいます。
 作品中では、神さまはいらない。殺したから殺される。殺されてもいいならなぜ逃げる。殺人加害者息子とその父親(宗教界のリーダー的ポジション)との対決、尊属殺人(親殺し)の可否・是非まで会話が出ます。

 金槌(かなづち)で相手を叩き殺したり、首を絞めたり、手口は単純ですが、行為は血まみれです。なつかしき昭和の田舎風景の中で恐ろしい犯行が続きます。女性がらみの裸行為は観客へのサービスもあるのでしょう。放映当時、その時代だから有効だった手段です。

 時代が変わった。過去へは戻れない。最近よく考えることです。


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