2016年06月27日

さかさ町 2016課題図書

さかさ町 F.エマーソン・アンドリュース作 岩波書店 2016課題図書

 ちょっと不思議な筋立ての本です。逆転の発想というものがあります。既成概念にとらわれず、逆から考えてみる。逆はだめだろうではなく、まったく違う、さらに通用する社会が見えてきます。されど、それをうまく表現することはむずかしい。容易であれば、生活において、定着するはずです。

 「さかさ町」では、小学生の兄・妹らしき、リッキーとアンが、アメリカ合衆国にあるランカスターという土地に住む祖父に会うため汽車に乗っているシーンからスタートします。
 「逆転」というのは、とりあえず、看板表示や家が上下逆転から始まります。これは、不便ですが、町に住むひとは不便とは思っていません。それは、やっぱり変です。不便です。

 ふたりは、橋の一部が壊れて、橋の修繕が終わるまで、さかさ町で足止めをくらいます。その間、ホテル、レストラン、野球場、病院、小学校、スーパー・マーケットと移動して、さかさ体験を積んでいきます。

 汽車の車掌さんが言います。「この町にはルールがある」。汽車はバックで駅に入るから始まりました。家は屋根が下で、床が屋上です。車は屋上に停めます。車メーカーの名称がアベコベ社には笑いました。
 ふたりの宿泊先ホテルでは、子どもが働き、おとなであるとしよりは遊んでいます。としよりはもう働きすぎてくたびれたと言っています。ベビーサークルの柵の中におじいさんがいます。彼の名前はドレークです。彼はこのあとふたりを町案内してくれます。

 プロ野球観戦みたいな趣向があるのですが、「としよりリーグ」には、笑いました。お客さん、集まるのかなあと思いつつ、日本にも、マスターズリーグというのがあったのを思い出しました。ずいぶん昔に何度か見たことがあります。今もあるのかどうかは知りませんが、プロ野球を引退したプロ選手たちが、プロ野球シーズン終了後、球場で試合をしていました。
 興業が成り立てばたいていのことはできます。

 病院の設定には無理があります。患者が待つのではなく、医師が待つ。薬は甘い。それから他の場合もそうですが、料金を支払うのではなく、お金がもらえる。ありえません。
 
 子どもは基本的に学校へは、行かない。子どもは、平日は仕事をしている。とてもいい子だけが、土・日だけ学校へ行く。まったく理解できません。教育を受ける権利を奪われています。学校では新しい知識を覚えるのではなく、すでに覚えていることを忘れる教育を受ける。つらいおもいをした記憶を消去する。歴史は、過去から現在という順番ではなく、現在から過去という順番で学ぶ。アンが嘆きます。頭の中が混乱するとクロース先生に訴えます。

英単語である「ストアー」の意味を久しぶりに思い出しました。お店のほかに、「ためる」という意味がこの本にあるとおり確かにありました。ものは売るものだから、お店はストアーではなく、アンストアー(ストアーの頭にアンをつけて否定の意味にする)です。お店では、物とお金をくれます。世の中、どうしてもそうしたいのなら、原資は「税金」でまかなわねばなりません。

 「懐中電灯」の反対物で、「懐中消灯」はよかった。おじいちゃんへのおみやげです。なんか、ロマンチックな使い方がありそうです。ボンドの反対「ドンボ」もなにか使い道がありそうというか、実際に分離するための薬剤が売られているような気がします。

 右があれば、左がある。上があれば、下がある。表があれば裏がある。この世は、両面で成り立っています。


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