2016年06月19日

橋を渡る 吉田修一

橋を渡る 吉田修一 文藝春秋

1か月ぐらい前、本屋の書棚でみかけて、これはヒットするかもしれないとピンときて、買って自宅の本棚に立てかけてあったものを読み始めました。されど世間では、いまだ、ヒットのきざしはありません。

春夏秋冬の章になっていて、春を読み終えたところで感想を始めますが、生活臭が強い内容で、読んでいるとみじめな気持ちになってきます。やはりヒットはしない。
主人公新宮明良(しんぐう・あきら)は、明確には表記されていませんが、ビール製造会社に勤めているようです。妻歩美は、絵画ギャラリー経営者です。東京の八谷一丁目(やたに)という高級住宅地の豪邸に住んでいるそうです。(妻名義。明良はどうも長崎県出身ぽい)。妻の姉の息子高校生孝太郎が居候です。この甥の両親と妹は父親の仕事の都合でシンガポールにいます。孝太郎の彼女が結花です。
登場人物は多い。事件としては、自宅前にいつの間にか、お酒とかお米が置いてある。(冒頭に出てくる認知症の上品な女性のしわざじゃなかろうか)。甥と彼女の交際についてとか。人を殺した夢を見る。明良の浮気話(相手の幸せを考えているわけがない。ただ、やりたいだけ。)です。それらの背景に、都議会でのセクハラ発言、韓国フェリー沈没修学旅行生多数死亡事故、ブラジルワールドカップなどのニュースが流れます。内容が、読み手である今の心境の自分には合わない。もう早く読み終えたい気持ちが湧いてきました。読めば読むほど正義感が削られていきます。

作者自身なのか、小説家吉尾健一が出てきました。新宮明良、脳溢血で病死した杉田祐二が仲良しだった3人組とあります。新宮は父とは死別による母子家庭育ちです。

タイトルの「橋」は、三途の川にかかる橋だと、読む前から勝手に期待していました。

意味不明の言葉です。「スカイプ:IP電話サービス。パソコン上の無料通話サービス」、「海老のアヒージョ:海老をオリーブオイルとにんにくで煮込んだ料理」

(つづく)

 最後まで読み終えましたが消化不良です。最後の章はなぜ「冬」だったのかわかりません。
 NHKのテレビ番組ファミリー・ヒストリーを見るような思いの後半でした。不思議な構成です。ただ、最後の最後には胸打つものがありました。創作意欲が湧きました。

 ふりかえりです。
「夏」の章
 都議会でセクハラ発言をしたらしき赤岩広貴、そしてその妻篤子が登場します。ふたりには、大志という小学生ぐらいの息子がいます。
 「正義」を問う章です。妻篤子は悩みます。自分の夫がセクハラ発言をしたのにしてない顔をしているのではないか。不正をしているのではないか。夫を許せないのです。
 他者の不倫もからんできて、他の章も含めて、登場人物が多く出てきて読み手は混乱します。

「秋」の章
 里見謙一郎、テレビ番組ニュース報道の制作者です。婚約者として薫子がいますが、彼女には昔も今も付き合っている結城という男性がいます。どうも結城は既婚者のようです。ここで、さきほどの「夏」で、赤岩篤子が、里見謙一郎の大学同期水谷真司(週刊誌担当)と業務上のつながりがあることが読み手に判明します。

「冬」の章、そして「エピローグ」
 ねたばれになるので、書けませんが、そういうことかとふにおちました。物悲しさあり。ややこしい群像劇でした。もう少し、互いのつながりがほしい。それとも自分が気づけていないのかもしれない。群像は人だけではなく、事件・事故・イベントを中心としたニュースの列挙でもありました。

以下、うまいと思った表現です。「おもちゃをとりあげられたこどものような目」、「日本人全体が劣化している」、「不寛容な人」、「こどもがいないのに子供服を買って人にあげる既婚者女性」、「男尊女卑の社内で、男のようになろうとして管理職になる女性と女性のまま管理職になるタイプとがある」、「(議員のファミリーには)敵が多い」、「内縁でいい(籍は入れない)」、「正しいという思いこみ」、「結婚生活はどっちかががまんして成立する」、「(産めないのかというヤジ)に対して、サインという存在の誕生」、「響(ひびき)という酒、そして桃の缶詰の贈り物」


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