2016年06月07日

生きる 劉連仁の物語(リュウリェンレン) 2016課題図書

生きる 劉連仁の物語(リュウリェンレン) 森越智子 童心社 2016課題図書


 第二次世界大戦中に中国人が日本軍によって強制的に日本に連行されて、北海道の炭鉱で、肉体労働を提供させられたという歴史の記録です。
 登場人物の中国正式名は日本人には読みにくいので、読書のときは、日本語の漢字読みをします。(わたしの場合)主人公の劉連仁さん31歳は、れんさんです。
 中国でれんさんの帰りを待つ奥さん23歳趙玉蘭(チャオユイラン)さんは、らんさんです。
 おふたりのこども尋児(シュンアル)ちゃんは、しゅんちゃんです。
 そのほか、中国から日本に連れていかれるときにりゅうさんと一緒だったのが、丸顔・髭面(ひげづら)の陳国起(チェンクォーチ)さんが、ちんさんで、ヤセ細面(ほそおもて)の鄧撰友(トンシュアンイウ)さんが、とさんで、ギョロ目の杜桂相(トウクウイシアン)さんが、かつらさんで、ネズミのようにすばしっこそうな目の単亦文(タンイウェン)さんが、たんさんです。

 この本の読み始めにめくったページに日本地図があります。知っている地名、行ったことがある地名、住んでいたことがある地名などがいくつかあります。福岡県にある「稲波」は「穂波」が正しいでしょう。自分のもうずいぶん前に亡くなった父親が鉱山労働者だったので、日本地図に記されている地名は、炭鉱とか銅山などの掘削地だとわかります。この本では連行されたとして中国人が登場人物ですが、韓国人労働者もたくさんいたと思います。だから、日本人はいまも東南アジアの民族の人たちから怨(うら)まれているという過去の歴史があります。

 意味がわからなかった単語などです。「父親:中国語で、フゥチン」、「満州事変:1931年9月、日本軍が鉄道を爆破したのに、それを中国軍がやったとして、その中国領地域を日本軍が占領した。満州という区域です。違法な支配行為は日本政府の意向ではなく、軍の暴走でした。」、「大東亜公司:だいとうあこうし。こうしは、会社組織の意味。人狩りで集めた中国人農民を肉体労働者として登録して日本へ送る準備をするための施設。高圧電流が流れる鉄条網と見張りに囲まれていて逃亡できなかった。」

 戦前はまだ「基本的人権の尊重」意識は薄かったと思います。人を人とも思わない。人を家畜同然の扱いをしていた。ただ、もしかしたら、現代社会でもそんなことがまだ残っているような気がします。今、同時進行で、「ガラパゴス」相場英雄著という小説を読んでいます。非正規労働者の悲劇が書かれています。かれらとこの小説の中国人との共通点があります。それは、大きな組織が活動するときの犠牲者です。

 主人公31歳の農民れんさんは、妻子を中国のふるさとに残したまま、強制的に連行されます。犯罪はおかしていません。日本軍に捕まった中国軍の捕虜という立場、肩書、位置づけです。農民なのに軍人扱いです。日本側の嘘でつくりあげた社会です。いまだったら、誘拐事件です。しかし、当時関与した日本人は、合法的な状態になるよう、形式を整えたのです。悪質です。れんさんは、文字の読み書きもできなかったとあります。日本での労働理由を、文書を読んで理解することはできなかったと思います。日本の法律は軍事力の前に無意味でした。
 中国国内で30kmぐらい歩かされて、鉄道で青島(チンタオ)まで運ばれて、港から船で日本の山口県下関市に1週間かけて移送されます。映画「シンドラーのリスト」で、ユダヤ人たちが鉄道に乗せられて、収容所送りにされていくシーンが目に浮かびました。

 失礼ですが、さし絵が、なにかしら幼い。(いちおう、お金を出して買った本なので正直な感想を書かせていただきます。)

 まだ、43ページ付近までしか読んでいないので、とりあえず感想はここまで。

(つづく)

 1944年9月に拉致(らち)されて、10月18日に山口県下関市、11月3日に北海道明治工業株式会社昭和鉱業所(雨竜郡沼田村。現在沼田町。人口3600人ぐらい)に到着しています。長い旅です。旅の途中で死ぬ人も多かったと書いてあります。移送時の状況は、人間扱いではありません。

 炭鉱労働者の家族たちが暮らすのが炭住です。炭鉱労働従事者のための長屋形式が多かった。家賃は無料でした。中国の人たちはコンクリート2階建ての宿舎に入れられたという部分を読んで、この当時に二階建てとは珍しいと思いました。暮らしには飢えがいつもあったようです。ひもじかったとあります。
 強制連行は×(バツの行為)ですが、炭鉱での労働内容には首をかしげました。こどもの頃、自分の親族や地域の大人たちも炭鉱で働いていましたが、労働内容が過酷でどうこうというような発言は聞いたことがありません。お金のため、生活のため稼ぐとか、がんばるという話は聞いたことがあります。連れてこられた中国人たちにとって、家族を養うという目的・目標がなかったのはつらい。ここで生きていてもいずれ死ぬ、逃げて捕まってもやっぱり死ぬ。帰国できず、家族に会えずに死ぬという結果が同じなら、逃げたい。
 戦争が生んだ悲劇という点では読み手として共感します。66ページに作者からのメッセージ、「戦争は人間に本当の自分を捨てさせる」があります。

 1945年7月、中国人たちは個々に脱出を図ります。終戦の前月です。汲み取り便所の構造がわからないこどもたちには、どうやって逃げたのかがわからないでしょう。
 連さん31歳、宗さん(陳宋福チェンソンフー20歳)、桂さん、陳さん、とさんの5人が脱走に成功しましたが、単(たん)さんは、身体衰弱で脱走は無理でした。

 彼らは、どうしたことか、中国へ行くつもりが、日本最北端の地、稚内(わっかない)に着いてしまいました。
もう、戦争は終わっています。これからどうなるのだろう。途中、東西南北を判断するのに太陽の位置とか、苔の生え具合を見る記述が出ます。生き続けるためには知恵が大切です。日本は海に囲まれた国であることを中国人たちは知らない。

(つづく)

 結局、途中で、一人減り、三人減り、連さんひとりになってしまいました。その後が壮絶です。12年間見つからずにたったひとりで、北海道の山奥で移動しながら暮らし続けます。昔あった、終戦を知らずにグァム島で発見された横井庄一さんとか、ルバング島で発見された小野田さんを思い出しました。さらに、連さんが中国に帰る船で、逆に中国から日本に帰国できなかった日本人女性が帰国しています。
 戦争というものは、戦争国両方の国民に同じ悲劇を及ぼします。戦争はやめましょう。

 北海道ひとり放浪は、先日発見されて生存が確認された親と離れた小学校2年生男児のニュースを思い浮かべさせてくれました。6日間、自衛隊の宿舎でマットにくるまって食べずに生きながらえたのです。

 連さんは、帰国後も3回、北海道で自分を発見してくれた男性宅を感謝のため訪れています。連さんは、日本人全員を怨んでいるのではなく、日本という国家が過去にしたことを怨んでおられます。個々の日本人に対しては感謝されています。そういう区別をしていただけることに感謝します。

 人間は他者との関わりを亡くして孤独になると自殺します。しかし、連さんは、自殺すら失敗されています。
 鳥のトビを中心にすえて、北海道の自然の力に励まされて生きる決心がついた。連行されて、ひどい目にあって、なにくそという反発心もあった。1958年2月、当別町材木沢の猟師による発見は感動的でした。
 わたしは、この話を初めて知りました。読んでよかった1冊です。
 発見されたときには、れんさんは、すでに45歳になっていたとあります。

 日本人である作者が、中国側の立場に立って、本作品を完成させたことを中国人が知れば、日本人の心意気を中国人も受け入れてくれる気がします。
 作者は、200ページで読者へメッセージを送っています。ドイツ大統領の演説を借りて、「過去に目を閉ざすもの者は、結局のところ現在にも盲目となるのです。(過ちは繰り返されると解釈します。)」


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