2016年06月01日

ツバキ文具店 小川糸

ツバキ文具店 小川糸(おがわ・いと) 幻冬舎

 四季の夏から始まり、秋、冬と続き、春で終わる鎌倉市を舞台にした小説です。鎌倉は、昨年11月に大仏を見るために訪れましたので読みながら身近に感じました。日本文学界では、江の島あたりを舞台にした鎌倉の小説が多いのですが、このツバキ文具店は、山辺のほうにあります。雨宮鳩子さん(愛称ポッポちゃん。20代後半独身)という主人公が、代々続く、ツバキ文具店の11代目店主で、手紙を代理で書く「代書屋」を営んでいます。
 なにやらわけあり、鳩子さんの両親が出てきません。先代は祖母で、すでに亡くなっています。江戸時代から続く「雨宮家」です。由緒正しい「代書屋」で、鳩子の先生は、教育に厳しい祖母でした。

 手紙の書き方実用書と物語を合体した小説形式で、こういう構成・進行方法は初めて見ました。
 登場人物たちは、まるで、時の流れが止まった空間にいるような人たちです。有閑マダムみたいな人もいます。お金も時間もあります。生活様式は、もうなくなりつつある、あるいは、なくなった暮らしぶりです。
 読んでいて、手紙の文を100点満点とは思わないのですが、作者は、新しき様式に挑戦しているという心意気を感じます。
 鎌倉の自然風景と人生の陰陽を重ねて日常生活を美しく表現しています。鎌倉観光案内の側面ももっています。

 代理で手紙を書くのです。文字は美しい。(27ページ。ことに美しい書体です。)主人公は小さいころから書道を学んでいます。上品、繊細、機微に富む。日本人が失いつつあるもの、あるいは、失ってきた心と文字の文化が本のなかにあります。手間と時間がかかっています。
 
「仕事に勤しみ:いそしみ。漢字を初めて見ました」、「ガラスペン:インクをつけて使用する。日本が発祥地」、「齧る:かじる。漢字を初めて見ました」、「艶書:えんしょ。ラブレターのこと」、「マカロン:洋菓子。上下ともに円形でその間に甘いものがはさまれた菓子。はさまれていないものある」、「偉丈夫:いじょうふ。体が大きくてたくましい男」、「練乳:れんにゅう。牛乳を煮詰めたもの。さらに熱を加えるとキャラメルになる」、「矜持:きょうじ。社会的立場を前提としたプライド」、「鏡文字:左右を反転させた文字。幼児が書くことがあるがその原因は不明」、「スコーン:スコットランドのパン」、「レンバイ:鎌倉市農協連即売所」、「ビーチコーミング:海岸に打ち上げられた漂流物を集める」、「おにぎらず:にぎらないおにぎり。のりの上にごはんと具材をおく。のりをたたむ。四角形」、「キーマカレー:汁気の少ないカレー。みじん切りにした野菜とひき肉をいためて使う」、「人参のラペ:フランス家庭料理サラダ。人参を細長く切ってドレッシングであえる」

気に入った表現として、「文章を磨く必要がある」、「字書きの才能」、「蜂蜜を塗って(封筒の)封を閉じる」、「(つらいときは)心の中でキラキラと言う(心の闇に星の数を増やしていく)」、「その人、その人の芯」、「文章がすんなりと降りてくる」、「誰かと一緒に食べるカレーは気持ちが満たされるというような表現」、「マサコさん:北条政子のこと(源頼朝の妻)」、「取り返しのつかない思いがくすぶっている」

 鎌倉の季節は、春からではなく、夏からスタートするのです。

(つづく)

 「夏」の章を読み終えて、「秋」の章を読み終えました。
 男性が、遠い昔、相思相愛だった女性に手紙を出す。今は、お互いに妻子もちで子どもも大きい。中途半端な、そして、今さらどうにもならない気持ちを手紙に託します。男が出すのに(代書で)女文字で書く。とてもむずかしい注文です。(代書料金として)10万円とってもいい。
 
 筆記具や、便せんとして使用する紙の紙質・紙の種類にこだわりがあります。書き始め、書き終わりに添える言葉の解説が続きます。「呵々:かか。あははと大笑いする様子」

 中国では、トイレの終わりにお尻をふく紙のことを「手紙」というそうです。びっくりしましたが、納得もできました。

 小学校の先生である楠帆子(くすのき・はんこ)さんのニックネームが「パンティー」は読んでいてつらい。「はんこ」の先生から、ハンティーチャー、変形して、「パンティー」。ちなみにパン作りが好きとか上手という意味にも関連付けてあるそうです。

 「おもじ」とは「汚文字」を意味して、字がへたくそということ。

(つづく)

 四季、夏、秋ときて、冬の章を読み終えました。起承転結の転の部分です。章「冬」の内容は重い。気持ちにズシンとくるものがありました。
 手紙代書の内容は、天国の夫からもうすぐ死にそうな妻への手紙です。ポッポちゃんこと主人公の雨宮鳩子さんはスランプ状態でなかなか書けません。スランプは便秘と似ているとあります。
 登場人物たちはグループで鎌倉の七福神めぐりをします。気づくのは、みな、独り暮らし(孤独)であるということです。ポッポちゃん、バーバラ夫人、男爵、パンティ。
 今は亡き先代のカシ子さん、その双子だったスシ子おばさん。それぞれ、家族とか家庭がありません。亡くなった先代書いて残っている手紙の内容はショックです。

(つづく)

 最後、「春」の章です。198ページにあるこどもさんの鏡文字は、ポッポちゃんが幼児の頃に書いたものではないかと推測しましたがはずれでした。
 代書は、絶縁状の話なのですが、読んでいて、「排除」よりも「共存」が大事なのではないかと考えました。排除した者は、やがて排除される立場になるのが、この世の常です。
 
 手紙を代わりに書いてくれる「代書屋」って、今もあるのだろうか。ネットで調べてみました。あるにはあるようです。

 筆記用具と紙を選択して組み合わせる作業部分を読みました。すごいなあ。長年の実績がないとこうは書けない。

 224ページにある手紙の文字はとても美しい。胸がすーっとしました。でも内容は「絶縁状」です。

 胸にしみる小説でした。母が行方不明になった娘、母を亡くした娘、自分が産んでいない乳幼児(女児)を育てていく苦労と苦悩があります。
 鎌倉が舞台です。わたしは、このあと、同じく、鎌倉が舞台の邦画「海街diary」を観ます。登場人物である四人姉妹の末子は、異母妹です。

 QPちゃんとの手紙のやりとりは孫との文通のようでほほえましかった。愛を育む(はぐくむ)小説でした。

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