2016年05月31日

ここで土になる 大西暢夫 2016課題図書

ここで土になる 大西暢夫(おおにし・のぶお) アリス館 2016課題図書


 九州熊本県五木村のダム建設の可否で翻弄された田口地区の写真集です。カラー写真もあるし、白黒写真もあります。電力確保とか治水・農業用水確保を理由としてダム建設が計画されたのでしょう。
 移転補償金を受け取りその地を離れた人たち、ふるさとへの愛着から土地を離れがたかった人たち。いろいろな対立や抗争があったことでしょう。
 過去において、この地区でダム建設反対運動が繰り広げられたという記事や報道をどこかで見たり聞いたりしたことがありました。そのときは、地名からあの有名な「五木の子守唄」発祥の地だろうかと思ったりもしました。
 ただ、それもずいぶん昔です。ダム建設が中止されたという新聞記事も見た気がします。まさか、人が今も住んでいるとは思っていませんでした。この本の中では、老夫婦が昔ながらの生活をいちょうの大木のそばで送っています。

 遺構のように見える村全体の風景が建造物とか、自然の遺産に見えます。人間がおかした残念な負の遺産という位置づけにもとれるし、自然保護に勝った勝利の遺産ともとれます。

 写真に見える風景はまるで民話・おとぎ話です。
 中心を流れる川の上流から桃が流れてきて、桃太郎が生まれて、鬼が島へ鬼退治に行けますし、一寸法師がおわんにのって流れてきて、おじいさんおばあさんに育てられ、やがて都へ行き、立派な武士になるやもしれません。

 「ここで土になる」というタイトルが意味するのは、ここで死ぬまで暮らす。死んで土に還るのは、土葬で土に戻るということです。おそらく、火葬が一般的になる昭和50年頃まで実際にあったことです。昔、人は、土に還っていたのです。今は、土に還るなんてことはむずかしい。

 89歳と84歳のご夫婦です。
 若い頃、老いてこのようなことになるとは、予想もされなかったことでしょう。
 衣食住はどうされているのかと思いますが、50年ぐらい前までは、地方の田舎暮らしでは、自給自足、物々交換の生活が成立していました。
 役場もスーパーも病院も身近にない生活です。ふたりのうちはまだいいが、ひとりになったらどうするとか、それも、ご自身で決めていくことです。

 「時代」って、何だろう。
 「開発」って、何だろう。
 いつも互いに対立する事柄で人間はトラブルに巻き込まれます。
 バランスが求められます。
 どちらか一方のみの方策は通りません。
 安定したつり合いが求められますが、ときに、破たんします。
 人間って何だろう。欲の固まりです。
 そして、だれもいなくなった。
 本のカバーをめくったところにある表紙から裏表紙に渡る写真では、闇夜にある家に灯りがともっています。もうだれもご夫婦に出ていけとは言えないでしょう。


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