2016年05月26日

暗幕のゲルニカ 原田マハ

暗幕のゲルニカ 原田マハ 新潮社

 まだ50ページ付近を読んでいます。全体で357ページの作品です。

 ゲルニカを描いたパブロ・ピカソのお話です。暗幕のゲルニカは、今のところ、下書きキャンパスにかぶせられた厚手の黒い布を指します。映画のスクリーンの前にある暗幕のようなイメージです。

 1937年4月26日、ナチス・ドイツの航空部隊が、スペインバスク地方にある小都市ゲルニカを空爆して、同地で惨状が繰り広げられたことと、2001年9月11日、アメリカ合衆国、世界貿易センタービルに航空機が突っ込んだテロ、その後の米軍を中心とした軍のイラク攻撃を対比しながら物語は進行していきます。
 作者は、対比をとおして、何を表明するのか。メッセージは何か。そこをさぐる読書になりそうです。

 過去の主人公は、ピカソの若い妻(親子ほど違う年齢)のドラ・マール、現代の主人公は、スペイン人と結婚した米国育ちの35歳日本人女性です。子どもはいません。
 日本人女性主人公瑤子(ようこ)は1980年5月の終わりに、のちに彼女の職場となるニューヨーク近代美術館で家族とゲルニカを鑑賞しています。

「純潔のニンフ:純潔で愛らしい女性。ピカソの妻ドラの自己評価」、「デリ:コンビニ感覚で食事ができるお店」、「MoMA:ニューヨーク近代美術館。日本人主人公女性は、そこで、絵画・彫刻部門のキューレター(展示企画者)を務めていた。」、「トルティジャー:トルティヤー。スペイン風オムレツ」、「バスク地方:独自文化と歴史をもつ独立国に近い地方のようです。(わたしの受け取り方です。)」、「女神ミューズ:なんかそんな名前のせっけんか洗剤があった」、「カタルーニャ人:スペインに多く住む民族」、「ピカソ:1881-1973 91歳没。国籍スペイン」、「コソボ紛争:イタリアの右にあるコソボ地域(セルビア支配地域)でのアルバニア人(コソボの中では多数派)とセルビア人(コソボの中では少数派)との紛争(自分の解釈です。)」、「トメット:南フランス独特の赤レンガの色」、「ゲルニカの楢の木(ならのき)。街の中心にある楢の木の下に集まって人々は話し合いをして物事を決めていった。」、「コラージュ:絵画用語で貼り付け」、「チュロス:スペインの棒状の揚げ菓子」、「退廃芸術展:ナチス・ドイツによる絵画芸術への迫害」、「黙示録:キリスト教徒への激励と警告の一書」、「トリッキー:わな、ひっかけ」

印象的な表現として、「ピカソはまず否定から始める」、「ピカソも苦悩する人間のひとりだった」、「戦争とは、利権を巡る各国の思惑争い」、「アメリカ人は、アメリカこそが正義と思いたい」、「パブロ・ピカソがゲルニカの作者をナチスに問われての返事:あんたたちだ」

(つづく)

 なんだか、世界の地理と歴史、戦争をまんなかにおいて、人間の罪を問うような大きなテーマを扱った作品です。
 100ページ付近を過ぎました。ピカソが描画した絵画「ゲルニカ」は、いいかげん、殺し合いをやめろというメッセージをもつ反戦思想の象徴です。戦争の悲惨さを忘れるなという訴えも含まれています。
9・11テロ(死者3025人)の報復を目的とした米軍のイラン侵攻、空爆開始時の国連本部での記者会見時に、会見に答える国務長官の後ろにあるべき「ゲルニカ」の絵(模写。タペストリー。壁掛けの織物)が暗幕で隠されています。(ニューヨーク近代美術館の創立をしたロックフェラー家が国連へ寄託したタペストリー。壁掛け織物生地。同館理事長ルース・ロックフェラー所有で国連に長期寄託している作品)
だれが、ゲルニカを隠すよう指示したのか。
美術館で働く主人公女性瑤子(ようこ)が疑われます。彼女の夫イーサン・ベネットは、9・11テロの犠牲者でした。冤罪の生贄(えんざいのいけにえ、スケープゴート)にされるのは、彼女と創立者ロックフェラー家の人なのですが、ロックフェラーは偉大過ぎて近づきがたい。

主人公はあるミッションをルース・ロックフェラー75歳女性から授けられます。スペインから本物の「ゲルニカ」をもってきて、ニューヨーク近代美術館に展示しなさい。テロで犠牲になった夫イーサンのためにも。そこに愛があります。

 ピカソは鳩が好きだった。ときおり、鳩の絵のことが語られます。(亡夫から瑤子へのプレゼントの絵)

(つづく)

 2003年3月17日、イラク空爆の日。愛知万博が2005年でしたから、もう昔の話です。10年ひと昔といいますが、それ以上に昔のことになってしまいました。

 「ピカソの戦争:ゲルニカによる抗議と抵抗」、これが、八神瑤子企画の展示です。本物のゲルニカをアメリカニューヨーク近代美術館へスペイン国立レイナ・ソフィア芸術センターから運びたい。しかし、テロの脅威がある。「借り出す」のではなく、「奪う」、奪って展示して反戦をアピールすることが八神瑤子へのミッション(指令)です。そこの部分を読んで、「安全」であることの重要性を知りました。ETAエタ「バスク祖国と自由」という反体制組織の存在はたまに新聞で見ます。

(つづく)

 読み終えました。
 最後は、毅然とした終わり方で好感を抱きました。

 最後半部を読んでいたときに思っていたことです。不謹慎ですが、「たかが、絵じゃないか。本当に大切なものは、目には見えない」
 そのあと目にしたのが、パブロ・ピカソの言葉です。「(ゲルニカは、)私のものではない」
 記録を見ると、ピカソは、長年、間近でゲルニカを見ることはなく、この世を去っています。
 
 歌手のフリオ・イグレシアス(パルド・イグナシオという名の男性)みたいな人が登場します。架空の人です。16歳ぐらいで登場して、次の登場時には、もう80歳です。歴史の流れを感じました。


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