2016年05月17日

112日間のママ 清水健

112日間のママ 清水健 小学館

 著者のことは知りません。知らない人です。
 旅行で、大阪堺市役所の展望台へは行ったことがあります。

 奥さんが出産後、癌で亡くなられています。
 
 本読みは、2014年12月29日から翌年元旦・正月にかけての沖縄県竹富島の写真を見て、死去直前とも言える時期になぜ竹富島にいるのかという疑問から始まります。

 病死する妻の小説で、「その日のまえに」重松清作がありました。奥さんは、だんなさんに、「(わたしのこと)忘れてもいいよ」と言い残します。つらい。

 あるタレントさんは、妻を亡くして号泣されたあと、寂しさに耐えられず再婚して幸せに暮らしておられます。後妻さんの娘さんを我が子のように育て、孫も授かっています。人間は強く生きることができる。

 長寿をまっとうできない人たちがいます。こどものうちに消えていく命があります。学校卒業後も、病死や事故死、災害死で短命で亡くなっていく人たちがいます。自分自身も短命を宣告されることがあったり、宣告されても生き延びたりすることもあります。だから宗教があるのだろうし、小説や物語があります。病気と闘っても勝てない。病気とは仲良く共存していくしかない。負けることもあると覚悟しておかなければならない。

 この本の出版には賛否両論があると思います。実名は書かない方がよかった。出だし付近は、自己中心的だし、自己愛が強い。著者にはもったいない奥さんでした。

 1985年3月10日生まれ。2013年5月19日大阪住吉大社で結婚式。乳がんの告知が、2014年4月30日。同年10月23日男児出産。医学的なことは読んでもわからない。その記述はいらなかったと思う。同年5月20日手術。余命の予測は厳しい。余命が短くて治らないのに治療行為をする必要があるのだろうか。本人の最後の望みをかねてあげるべき。それから、「スイッチ」という言葉はやめてほしい。人間の気持ちをスイッチで入れてほしくない。同年末から翌年2015年正月まで、沖縄県竹富島にて、家族3人で過ごした。その約1か月後、2月11日午前3時54分妻死去。著者と生後112日の長男がこの世に残された。

 披露宴での漫才師のかけあいはgoodでした。ほろりときました。その周辺の時期の著者の行動は異常です。なぜそんな猛スピードで走らねばならなかったのか。なにものかにとりつかれていた。新郎は新婦よりも10歳も年上なのか。

 人は死ぬ前に、この世に自分が生きていた証(あかし)を残して死んでいきたいと思う。それは、こどもであったり、なにがしかの作品であったりする。
 いい人生とは、思い出多い人生。良い思い出も良くない思い出もあっていい。思い出をつくるために人は生きていると思う。


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