2016年05月15日

統合失調症だけど、がんばって生きています みえっち

統合失調症だけど、がんばって生きています みえっち 文芸社

 病気日記、病気経過記録、人生記録です。2006年、作者30歳手前あたりから始まります。

 マンガの内容を見て、症状としては、軽度ではなかろうか。されど、入院体験が2度もあるし、自分で病気ですと表明できるのは、なぜだろうかとか、答えのない疑問をもち自問自答しました。
 幻聴も幻覚も不眠も体験したことがありません。でも、内臓系のほかの病気を複数体験したことはあります。人間なかなかベストポジションを維持できるものではありません。

 作者は、おとなになって、初めて仕事に就いて、がんばりすぎた。いい子であろうとして適応できなくなった。だれかがわたしを攻撃してくるという強迫観念が芽生えた。

 先日、角田光代作「拳の先(こぶしのさき)」を読みました。プロボクシングの小説でした。拳の先にあるものは、恐怖心という化け物でした。怖いから、やみくもにパンチを繰り出すのでした。防御のための攻撃です。生き残るのは、考え方しだいです。恐怖心に負けてもいいのです。相手のパンチをくらって、もう疲れたと思ったら、マットに沈めばいいのです。体力が回復したら起き上がればいいのです。

 この本を手にするのは、患者本人、家族、職場の上司あたりでしょう。ゴールがあるようで見えない。ゴールは、入院ではないし、作業所通所でもないし、結婚でもない。医療・社会福祉制度の活用は人生をオールマイティにカバーしてくれているわけではないし、自立して働いて自活しているという意識をもちにくい。

 最初は、出勤したくてもできない状態から始まるようです。ゴールデンウイークが過ぎた今、連休明けから出勤できなくなった新入社員が出現します。早ければ、6月末で退職です。周囲の緊張感はピークを迎えます。

 主人公の入院期間4か月は長いと感じました。生活習慣が崩れると、きついリズムの中で働くことができなくなるでしょう。頭で考えなくても勝手に体が動いて気づいたら職場の椅子に座っているという状態をつくれたら仕事は長続きします。

 病院も施設も一時的な滞在地と思う。薬を飲まないのが普通の暮らし。なにかをするのではなくて、なにかをしない。働けない、働かないことを是(肯定)しない。そこは治療の場と割り切って長居はしない。社会復帰、家庭復帰の夢を捨てない。

 同じ病気もちという似た者同士の結婚は、かならずしも幸せにはつながらないことをこのマンガで知りました。お互いにもっていないものを補い合いながら暮らすことがベター。

 監視されているとか、つけられているとか、それは、注目されたいという願望の裏返しだろうか。注視してほしい。観てほしい。相手にしてほしい。かまってほしい。

 祖母、母、姉ふたり、女子家庭です。男性、他人との関わりが少なく育った。社会に出る前にもっと経験がほしかった。医療、福祉の前に、教育がほしかった。

 この本を読んでいやされる人もいるでしょう。自分も同じという共感でしょう。


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