2016年03月24日
坂の途中の家 角田光代
坂の途中の家 角田光代 朝日新聞出版
幼児虐待死をめぐるお話です。
坂の途中の家は、東京都世田谷区にある新築後3年ぐらいたった夫婦の家です。被告は、そこの奥さん、安藤水穂36才主婦です。被害者は、被告夫婦のこども凜(りん、女児)8か月で、母親は自分のあかちゃんである娘を深さ50cmくらいある浴槽のお湯に落としてすくい上げず死亡させてしまいます。
主人公は、山咲里沙子33才既婚、娘文香(あやか、あーちゃん)2歳10か月がいます。いま、本事件の裁判員裁判の補充裁判員に選ばれて、毎回の公判参加のためにあーちゃんを埼玉県内の義父母宅に預けて法廷に出廷しています。
全体で420ページのうちの88ページまできたところで、読書感想文を書き始めてみます。
角田さんという方は、おそらく出産体験はないと思うのですが、記述はリアルです。天才だと思います。妊娠から出産にいたるまでの女性の不安定な心理状態がうまく描かれています。教科書通りにいかないことのプレッシャーとか、親族のいらぬお世話などで、気にしなくてもいいことに敏感になります。
「特別」を「とくべつ」とひらがなで表記するのは、味わいがあります。
補充裁判員に選ばれた2歳女児をもつ主人公の山咲里沙子は、生後7か月の娘を浴槽で水死させた虐待犯安藤水穂を自分の日常生活に重ねていくのです。犯人の気持ちに共感する部分があるのです。そのへんが、怖くもあり、しかたなくもあり、とはいえ、許されるものではなく、されど、再起のチャンスを奪ってはいけないなどの葛藤が生まれることが予測できます。
72ページ付近、孫を預かると言った義母との関係では、義母は孫を甘やかすことなく、義母が孫に、あなたの母親は里沙子さんだと、そして、あなたの家はここではなく、父母の家だと言い聞かせねばなりません。
実体験として、子育ては、気が遠くなるほどの忍耐の積み重ねであったことを思い出しました。
この小説は、虐待した母親も子と同様に被害者であるという立ち位置で書いてあるように思えます。ふたりをとりまいていた親族関係、夫の会社との関係、社会環境などをこれから観察し、分析していく展開でしょう。
(つづく)
読んでいると、なんだか、つらい気持ちになってくる。結婚しないほうがよかったの方向へと物語の川は流れている。
裁判員裁判の決まり事を問う視点があります。
被告を中心において、検察と弁護のまっこう対立があります。どちらが正しいのかすぐにはわかりません。庶民はその状況に不慣れです。
どうして、主人公は本ちゃんの裁判員ではなくて、補充裁判員という設定なのだろう。読みかけの今のところわかりません。まるで、ミイラ取りがミイラになるごとく、つまり、虐待事件の加害者を裁くべき補充裁判員の役割を果たしている主人公自身が裁判員裁判に出席するためにもうすぐ3才になる娘を義父母宅に預けたことから家庭生活が狂いだします。義母や夫、娘との信頼関係が崩れつつあります。
子育て真っ最中のたいへんな人に裁判員を指名しなくてもいいだろうに。主人公はだんだんアル中(ビール中毒)になってきました。
いっぽう被告です。子どもはほしくなかった。子育てのために退職はしたくなかった。義母に言われて妊娠した。自分が望んだ子どもではなかった。義母に迫られて産んだ子ではある。
実の両親と折り合いの悪い被告は育児において自分の親を頼れなかった。親族の中にどこの親族でも片親家庭がある。
そのような状況の中で、被告は、育児ノイローゼ、被害妄想、神経症に至っていった。産まなければよかった。
事件の前兆だらけです。母としての被告も補充裁判員としての主人公も孤独になっていきます。夫の浮気があるかもしれない、マザコン夫と義母の連帯感は強い。
余計なこととして、移動は、電車ではなく、軽自動車でもいいから車をつかうほうが子育てにおいては楽で効率的です。そして、お金がいるなら共働きすべきです。保育園にこどもを預かったもらったほうが、こどもにとってはともだちができていい。親にとっても世界が広がっていい。
224ページ付近まできました。主人公の回りには、重苦しい空気がたちこめています。
被告は、「疲れた」のだと思う。積極的に娘を死に至らしめたのではなく、入浴させようとしたら赤ちゃんが沈んで、助ける気力が失(う)せた。消滅した。もう限界だった。未来への夢も希望もなかった。最大の悪は、味方であるべき夫が敵になってしまった。(夫は妻をいじめたかった。これからもいじめつづけたいという異様な風景が後半にあります。)
傷つけあうことを避けた結果、事態は最悪の結果を迎えた。傷つけあいながら成長していくのが夫婦。遠慮せずに言いたいことを言い合えばいい。そして、親子って何なのだろう。
両者ともに、母親と娘の関係が悪い。娘は実母に、生活全般に渡って、干渉されたくない。指示されたくない。命令されたくない。おそらくこれまでの人生においてさんざんそういうことでいやな思いをしてきたから、未来へ向かって、結婚とか、出産、育児においては、実母の思い通りにはさせない。娘みずからが考えて選択していく。
後半はどんどん進んでいきますが、「救い」がありません。夫婦のいさかいは、自分にも若い頃同様のことがあったと思いだされます。だれもがとおる克服できる時期だとは思います。だから、老いてからの平穏があります。
だれしも家がほしいと思う。手に入れるためには、いろんなことをがまんして働いていかなければなりません。成果として手に入れた家は耐えた家族みんなの財産です。
状況を悪化させる保健師さんの言葉って何だろう。虐待事実の確認のために訪問があるように表現されています。それは、育児のアドバイスではありません。監視です。
主人公女性は、被告に自分を重ねすぎて、客観的に被告を観察することができなくなります。被告に同情しすぎます。だから、「補充裁判員」なのです。
主人公は、我が子を浴槽に落としたのは、帰宅した夫で、妻は夫に陥れられたというところまで想像してしまいます。夫が犯人説です。それは、誤認です。本にもあるとおり、彼女は被告を見ないで「私」を見ている。ごちゃまぜです。
主人公女性も自分の娘をうとましく思っている。もうすこし、こどもさんとの連続した会話がほしい。対立を克服するほどの会話がほしい。
生活できるだけの収入がなかったら共働きは当たり前です。夫は妻の就労を反対できません。
「坂の途中の家」は、だれにでもある家です。そこでどうなるかは、運があるかないかです。そういうメッセージを作者から受け取りました。
以下は、わからなかった単語です。「職業名としてアパレル:衣服の製造業、流通業。洋装系の既製服。なんか、広い範囲の職業です。」、「デフォルメ:絵画で特徴を表すために変形させて強調する。」、「順風満帆(じゅんぷうまんぱん):この小説の主人公女性の定義する順風満帆は、良い出来事が続くことではなく、災いが避けていって、フツーに静かに暮らし続けることができることを指します。」、「髪をとめるバレッタ:単純に髪留め。髪飾り、蝶型」
気に入った表現などです。「子育ての設計図」、証言に対する裁判員たちの年齢層による判断や感じ方の相違、「確信」という単語、怒るより笑うを選択する賢さ。
幼児虐待死をめぐるお話です。
坂の途中の家は、東京都世田谷区にある新築後3年ぐらいたった夫婦の家です。被告は、そこの奥さん、安藤水穂36才主婦です。被害者は、被告夫婦のこども凜(りん、女児)8か月で、母親は自分のあかちゃんである娘を深さ50cmくらいある浴槽のお湯に落としてすくい上げず死亡させてしまいます。
主人公は、山咲里沙子33才既婚、娘文香(あやか、あーちゃん)2歳10か月がいます。いま、本事件の裁判員裁判の補充裁判員に選ばれて、毎回の公判参加のためにあーちゃんを埼玉県内の義父母宅に預けて法廷に出廷しています。
全体で420ページのうちの88ページまできたところで、読書感想文を書き始めてみます。
角田さんという方は、おそらく出産体験はないと思うのですが、記述はリアルです。天才だと思います。妊娠から出産にいたるまでの女性の不安定な心理状態がうまく描かれています。教科書通りにいかないことのプレッシャーとか、親族のいらぬお世話などで、気にしなくてもいいことに敏感になります。
「特別」を「とくべつ」とひらがなで表記するのは、味わいがあります。
補充裁判員に選ばれた2歳女児をもつ主人公の山咲里沙子は、生後7か月の娘を浴槽で水死させた虐待犯安藤水穂を自分の日常生活に重ねていくのです。犯人の気持ちに共感する部分があるのです。そのへんが、怖くもあり、しかたなくもあり、とはいえ、許されるものではなく、されど、再起のチャンスを奪ってはいけないなどの葛藤が生まれることが予測できます。
72ページ付近、孫を預かると言った義母との関係では、義母は孫を甘やかすことなく、義母が孫に、あなたの母親は里沙子さんだと、そして、あなたの家はここではなく、父母の家だと言い聞かせねばなりません。
実体験として、子育ては、気が遠くなるほどの忍耐の積み重ねであったことを思い出しました。
この小説は、虐待した母親も子と同様に被害者であるという立ち位置で書いてあるように思えます。ふたりをとりまいていた親族関係、夫の会社との関係、社会環境などをこれから観察し、分析していく展開でしょう。
(つづく)
読んでいると、なんだか、つらい気持ちになってくる。結婚しないほうがよかったの方向へと物語の川は流れている。
裁判員裁判の決まり事を問う視点があります。
被告を中心において、検察と弁護のまっこう対立があります。どちらが正しいのかすぐにはわかりません。庶民はその状況に不慣れです。
どうして、主人公は本ちゃんの裁判員ではなくて、補充裁判員という設定なのだろう。読みかけの今のところわかりません。まるで、ミイラ取りがミイラになるごとく、つまり、虐待事件の加害者を裁くべき補充裁判員の役割を果たしている主人公自身が裁判員裁判に出席するためにもうすぐ3才になる娘を義父母宅に預けたことから家庭生活が狂いだします。義母や夫、娘との信頼関係が崩れつつあります。
子育て真っ最中のたいへんな人に裁判員を指名しなくてもいいだろうに。主人公はだんだんアル中(ビール中毒)になってきました。
いっぽう被告です。子どもはほしくなかった。子育てのために退職はしたくなかった。義母に言われて妊娠した。自分が望んだ子どもではなかった。義母に迫られて産んだ子ではある。
実の両親と折り合いの悪い被告は育児において自分の親を頼れなかった。親族の中にどこの親族でも片親家庭がある。
そのような状況の中で、被告は、育児ノイローゼ、被害妄想、神経症に至っていった。産まなければよかった。
事件の前兆だらけです。母としての被告も補充裁判員としての主人公も孤独になっていきます。夫の浮気があるかもしれない、マザコン夫と義母の連帯感は強い。
余計なこととして、移動は、電車ではなく、軽自動車でもいいから車をつかうほうが子育てにおいては楽で効率的です。そして、お金がいるなら共働きすべきです。保育園にこどもを預かったもらったほうが、こどもにとってはともだちができていい。親にとっても世界が広がっていい。
224ページ付近まできました。主人公の回りには、重苦しい空気がたちこめています。
被告は、「疲れた」のだと思う。積極的に娘を死に至らしめたのではなく、入浴させようとしたら赤ちゃんが沈んで、助ける気力が失(う)せた。消滅した。もう限界だった。未来への夢も希望もなかった。最大の悪は、味方であるべき夫が敵になってしまった。(夫は妻をいじめたかった。これからもいじめつづけたいという異様な風景が後半にあります。)
傷つけあうことを避けた結果、事態は最悪の結果を迎えた。傷つけあいながら成長していくのが夫婦。遠慮せずに言いたいことを言い合えばいい。そして、親子って何なのだろう。
両者ともに、母親と娘の関係が悪い。娘は実母に、生活全般に渡って、干渉されたくない。指示されたくない。命令されたくない。おそらくこれまでの人生においてさんざんそういうことでいやな思いをしてきたから、未来へ向かって、結婚とか、出産、育児においては、実母の思い通りにはさせない。娘みずからが考えて選択していく。
後半はどんどん進んでいきますが、「救い」がありません。夫婦のいさかいは、自分にも若い頃同様のことがあったと思いだされます。だれもがとおる克服できる時期だとは思います。だから、老いてからの平穏があります。
だれしも家がほしいと思う。手に入れるためには、いろんなことをがまんして働いていかなければなりません。成果として手に入れた家は耐えた家族みんなの財産です。
状況を悪化させる保健師さんの言葉って何だろう。虐待事実の確認のために訪問があるように表現されています。それは、育児のアドバイスではありません。監視です。
主人公女性は、被告に自分を重ねすぎて、客観的に被告を観察することができなくなります。被告に同情しすぎます。だから、「補充裁判員」なのです。
主人公は、我が子を浴槽に落としたのは、帰宅した夫で、妻は夫に陥れられたというところまで想像してしまいます。夫が犯人説です。それは、誤認です。本にもあるとおり、彼女は被告を見ないで「私」を見ている。ごちゃまぜです。
主人公女性も自分の娘をうとましく思っている。もうすこし、こどもさんとの連続した会話がほしい。対立を克服するほどの会話がほしい。
生活できるだけの収入がなかったら共働きは当たり前です。夫は妻の就労を反対できません。
「坂の途中の家」は、だれにでもある家です。そこでどうなるかは、運があるかないかです。そういうメッセージを作者から受け取りました。
以下は、わからなかった単語です。「職業名としてアパレル:衣服の製造業、流通業。洋装系の既製服。なんか、広い範囲の職業です。」、「デフォルメ:絵画で特徴を表すために変形させて強調する。」、「順風満帆(じゅんぷうまんぱん):この小説の主人公女性の定義する順風満帆は、良い出来事が続くことではなく、災いが避けていって、フツーに静かに暮らし続けることができることを指します。」、「髪をとめるバレッタ:単純に髪留め。髪飾り、蝶型」
気に入った表現などです。「子育ての設計図」、証言に対する裁判員たちの年齢層による判断や感じ方の相違、「確信」という単語、怒るより笑うを選択する賢さ。
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