2016年03月22日

真実の10メートル手前 米澤穂信

真実の10メートル手前 米澤穂信 東京創元社

短編6本です。主人公は、東洋新聞記者太刀洗万智(たちあらい・まち)です。(タイトル「真実の10メートル手前」のときのみ現役記者で、その他の作品では退職後のフリー記者となっていました。)

「真実の10メートル手前」ページ数64ページ
中部圏の地名があまりにも身近すぎて、読んでいて身が引く思いでした。それから、鉄道マニアにとっては嬉しい作品でしょうが、車で移動好きのわたしにとってはしっくりこない作品でした。企業の広告塔にされた早坂真理という失踪女性を探す愛知県から山梨県への旅です。ラストは暗い気持ちになりました。幸薄い女性でした。

「正義漢」わずか17ページしかありませんが緊迫感ただよう秀作です。鉄道飛び込み死は、「事故」ではなく「事件」。太刀洗万智は、薄汚れたシャツ、傷んだジーンズ、実用一点張りのナイロンバッグ、化粧なく、日焼け止めだけの顔をしています。人間のもつ「悪」を深層心理からあぶり出す逸品です。それも、主人公である太刀洗万智の気持ちの中にある心理です。彼女は正義の味方ではない。だれもがもっているであろう人間心理の暗い部分があぶりだされます。

「恋累心中:(こいがさねしんじゅう。読む前の意味の予想)恋の巻き添えで心中という意味だろうか(違っていました)」68ページの作品。
お見事な内容でした。高校2年生16歳心中事件の発生です。舞台は三重県で土地の地名が「恋累(こいがさね)」です。ふたりはもう亡くなっていて、雑誌記者都留正毅(つる・まさたけ)のアシスタントとなった太刀洗万智が謎解きをします。心中ではなく「殺人」と読み手はとらえるのですが、からくりは複雑です。ありえないことがありえるのが、この世の常であり、残念なことでもあります。類似の事件が昨年三重県で発生したことを思い出しました。

「名を刻む死」38ページの作品
老害含みの困ったクレーマーの死です。凄い(すごい)。太刀洗の鬼のような推理は全開です。

「ナイフを失われた思い出の中に」58ページの作品
ものすごく深い意味をもった作品でした。舞台は鎌倉市を模(も)したものでした。暗い内容です。なぜ、ユーゴスラビア人がからむのかは理解できませんでしたが、よーく考えると3者の関係なのでしょう。16歳の少年が、3歳の女児をナイフで何度も刺す事件です。とてつもなく深い。本のタイトル真実の10m手前ということが実感できました。

「綱渡りの成功例」42ページの作品
今回のシリーズは、いつ、どこで、だれが、どうしたから始まります。整理整頓された進行のなかで、太刀洗万智が表面は冷徹に推理をしていきます。彼女の魅力がむずかしい。とっつきにくい。女性的ではない。生活費を稼ぐために、自分の得意な能力を生かしてフリー記者をしている。好きでしているようでもあるが、生きていくために仕方なくそうしているようにも受け取れます。この物語では、台風12号の影響で土砂崩れで埋まったけれど助かった老夫婦のことが書いてあります。助かったからといって、美談ばかりではありません。美談ではないけれど、しかたなかったということはあります。「運」のよしあしが判断材料とされます。

「太刀洗万智」というキャラクターは、人から好かれるタイプではありません。心が冷たい印象があります。とても人情深い人には見えません。切れ長の目、背が高い、髪が長い、20代後半の年齢、顔は細長い。だれをイメージしてつくったのだろう。

地名がこれもまた身近です。作者の経歴を調べてみました。岐阜県出身なので中部地方の地理に詳しいのでしょう。同じく、わたしには身近な福岡県が出てくるのは、作者にも居住歴があるのかもしれません。
一般的には、小説の舞台としては、関東圏が多い。人口が多いせいでしょう。
次に最近は、中部地方出身の作家さんが増えたせいか、中部地方の舞台が多い気がしますが具体的にどの作品がと考えると思いだせません。

以下わからなくて調べた言葉です。「下卑た行動:げびたこうどう(読めませんでした)下品げひん」、「夕まずめ(ゆうまずめ):日没前後から暗くなる時間帯。さかなの活動(捕食)が活発になる。朝まずめが夜明け前から日の出まで。釣り用語」、「晦渋(かいじゅう):意味が分かりにくい」、「胡乱(うろん):あやしくうたがわしい」、「ウロボロス的:自分の尾を飲みこんで円状になっている蛇や竜」、「塞翁が馬:運がいいとか悪いとかの繰り返し。馬が逃げたから始まって、逃げた馬がいい馬を連れてきたに続いていく」

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