2015年12月23日

ドール 山下紘加

ドール 山下紘加(やました・ひろか) 河出書房新社

(まだ、読む前)
 書評を一つ見た。良くない。エロ。趣旨不明。そんなことが書いてあった。
 ともかく、読み始めた。

(つづく)

 2時間足らずで読み終えました。
 自分にとっては、なかなかいい。最後は清々しかった(すがすがしかった)。

 中学生、14歳、2年生ぐらいの主人公吉沢卓巳が、貯めたこずかいでラブドール(ダッチワイフ)を買って、ユリカと名付けるわけです。
 彼は、小学生のときから、父親がいない離婚母子家庭で育ち、かつ、年上の姉が、夫の浮気を原因として、狭い賃貸アパートに出戻りしてくる。
 彼は学校でいじめに遭っているが、彼もまた、長谷川という文学少年をいじめているし、好きな女子に嫌われるような行為をしている。

 苦しい悩みを克服するために、人形であるユリカに依存する少年を上手に描いてあります。

 最初は、人形と人間が重なり、「殺人」がからむ内容だろうと先入観をもちました。
 この世代のお決まりのように、性描写が登場します。若い女子作家は、よく、カバーに顔をだせたと驚きました。相当の覚悟があります。
 若いから、素材・題材が教室の中になりがちです。教室のことで学ぶことはあまりありません。年配者にとっては、遠い昔のことで、卒業後は、教室で何があったかは、あまり意味をもちません。
 
 文藝賞のもう一作「地の底の記憶」にも若い女性妻の人形が登場します。今回は人形が2作の共通点となっています。感情をもたない人形に、愛情を注ぎ込む登場人物たちです。
 本作品の場合は、どうして、中学2年生男子がラブドールを愛玩するのかが読む疑問と興味です。
 疑問は、主人公である吉沢卓巳は、発達障害(周囲の人間と協調できない)か。
 自分を攻撃してきた相手(いじめっこ今泉将太)を責めずに、自分よりも弱く見えた長谷川をいじめるのか。
 さらに、後藤由利香の気持ちをいたぶるのか。
 ここで気づきました。「由利香」は人形の「ユリカ」なのだと。男子の妄想の世界です。国語教師藤村道子のおおきなおっぱいが出てきますが、おっぱい自体、エロいものでもありません。体の一部であるだけです。
 
 人格否定のいじめシーンは、読みづらい。教室で学ぶことは何もない。何があったとしても気にすることもない。

 会話記述は自然です。この作家さんの持ち味となっています。
 胸にズンときた文章表現の要旨として、「友達というものがよくわからなかった」
 残虐、幼稚さ、未熟、無能。この年齢の男子の様子がうまく描かれています。異常にみえることが、実は異常ではない。正常です。性欲は正常ですし、人形に愛情をもつことも正常です。以前読んだ本で、第二次世界大戦中、ユダヤ人として生まれた少女が、ドイツの迫害のもとで、生き抜くために、人形を心の支えにしたものがありました。


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